IT業界は、競争が激しい業界であり、新しい技術が日進月歩で開発されている業界です。
そうした状況にあるIT業界においては、自社をスピーディに成長させることを目的として、M&A(Mergers and Acquisitions)が積極的に活用されています。
本記事では、IT業界のM&A最新トレンドと事例について詳しく紹介していきます。
本記事を読むことで、IT業界においてどのような理由でM&Aが進んでいるのかを実際の最新事例を通じて理解できるようになるので、是非参考にしてください。
- この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)
日本のIT業界が抱える課題
日本のIT業界は、解決しなければならない喫緊の課題を数多く抱えています。
抱えている課題は各社によってさまざまではあるものの、ここでは日本のIT業界が抱える主な課題をいくつか紹介していきます。
1.人材不足
特にエンジニアやプログラマーなどの技術職の人材が不足しています。これは、IT分野への若者の関心の低さや教育制度の遅れなどが原因とされています。また、女性や外国人技術者の積極的な採用が進んでいないことも、人材不足を深刻化させています。
2.教育と育成の遅れ
IT技術は日進月歩で進化していますが、それに伴う教育や研修制度が十分に整っていないことが課題です。また、既存の技術者のスキルアップ支援も不足しているため、技術革新に対応できる人材が育っていません。
3.働き方の問題
長時間労働や過重労働が常態化している企業が多く、ワークライフバランスの実現が難しい状況です。これにより、特に若い世代からIT業界への魅力が低下しています。
4.企業文化と組織の硬直性
日本の伝統的な企業文化や組織の硬直性が、イノベーションの妨げになっています。新しいアイデアや挑戦を促す文化が育っておらず、スタートアップ企業など新しい技術やビジネスモデルの導入が遅れがちです。
5.国際競争力の低下
グローバル市場における日本のIT企業の競争力が低下しています。特に、アメリカや中国などの国々が推進するデジタル経済の波に対応できていないとの指摘があります。
6.セキュリティとプライバシー
サイバーセキュリティの脅威が高まっている中、対策が不十分な企業が多いことが問題となっています。また、個人情報の保護に対する意識も高まっており、企業はプライバシーポリシーの強化を求められています。
M&Aを通じた業界課題の解決
M&Aは、上記で挙げた特定の課題を効果的に解決するための有効な手段の一つです。
日本のIT業界が抱える上述の課題に対して、M&Aを通じて解決可能なポイントを以下で紹介していきます。
1.人材不足の解消
M&Aを通じて、技術力の高い企業やスタートアップを買収することで、即戦力となるエンジニアやデザイナーなどの優秀な人材を獲得できます。また、多様なバックグラウンドを持つ人材を取り込むことで、組織内の多様性を高め、新しいアイデアや革新を促進できる可能性があります。
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2.教育と育成の促進
技術教育や研修プログラムを提供する企業を買収することで、内部の教育体系を強化できます。また、技術革新の最前線にいる企業との連携を深めることで、最新の技術知識やノウハウの共有が可能になり、従業員のスキルアップを促進できます。
3.働き方の改革
ワークライフバランスを重視する企業や、効率的な業務遂行を実現している企業を買収し、その働き方や文化を取り入れることで、従業員の満足度を高め、離職率を低下させることが可能です。
4.企業文化と組織の硬直性の解消
新しいビジネスモデルや革新的なアイデアを持つスタートアップ企業を買収することで、自社の組織文化に新鮮な風を吹き込み、変化への適応力を高めることができます。これにより、イノベーションの促進や事業の多様化が図れます。
5.国際競争力の向上
海外の先進的なIT企業や市場に強い企業を買収することで、グローバルな視点を持ち、国際競争力を高めることが可能です。また、海外市場へのアクセスが容易になり、新たな顧客層の開拓も期待できます。
6.セキュリティとプライバシーの改善
サイバーセキュリティやデータプロテクションに強みを持つ企業を買収することで、自社のセキュリティ体制を強化し、リスクを低減できます。これにより、顧客からの信頼を獲得し、ビジネスの持続可能性を高めることができます。
このように、M&Aは多額の投資と経営資源の投入を要求しますが、適切に実施されれば、これらのIT業界が抱える課題を効率的に解決し、企業の成長と競争力を高めることが可能です。
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IT業界における最近のM&A事例
ここからは、IT業界における最近のM&A事例を紹介していきましょう。
IT業界においては、以下のようなM&Aが近年では行われています。
- デジタル・インフォメーション・テクノロジーによるシステム・プロダクトの買収
- デジタル・インフォメーション・テクノロジーによるジャングルの買収
- アプリックスによるH2の子会社化
- パナソニックコネクトの米子会社による独Flexisの買収
- コアコンセプト・テクノロジーによるPros Consの子会社化
以下では、それぞれのM&A事例について、各社のM&Aの狙いを解説していきます。
1.デジタル・インフォメーション・テクノロジーによるシステム・プロダクトの買収
デジタル・インフォメーション・テクノロジー(以下、DIT)は、2024年2月29日に、システム・プロダクト(東京・中央)を子会社化することを発表しました。この買収は、DITが金融業界における自身のソフトウェア開発力を強化し、特に成長領域であるクラウドビジネスにおいてSalesforceの技術力を増強する戦略の一環として位置づけられるものです。買収によって、DITはシステム・プロダクトから1万6000株を取得し、その議決権所有割合を0%から80%に増加させました。取得価額については非開示です。
システム・プロダクトは、1979年の創業以来、金融分野、特に証券系のソフトウェア開発に強みを持つ企業として知られている企業です。近年では、クラウドビジネスへの進出とともにSalesforceの資格者を増やすなど、新たな挑戦を続けてきましたが、二次請けが中心のビジネスモデルのため成長には限界がありました。また、経営者の後継者問題も抱えており、新たな成長機会と経営安定化が求められていました。
一方、DITは1982年の創業以来、独立系システムインテグレーターとしてIT業界における多岐にわたる事業活動で存在感を示してきました。特に金融業界を主とした業務システムの開発、システム運用保守サービス、組込みシステム開発などの分野で実績を積み上げ、サイバーセキュリティや業務効率化といった社会ニーズに応える独自の製品を提供しています。DITは、2021年8月に発表した「DIT2030ビジョン」の中で、既存事業の強化と新たな業務領域への拡大を目指し、シナジー効果のあるM&Aを積極的に実施する方針を打ち出していました。
システム・プロダクトの買収はこの戦略の具体的な実行例として位置づけられます。DITにとって、この買収は金融業務全般に対するソフトウェア開発力の強化と、成長が見込まれるSalesforce技術の強化によるシナジー効果を期待できるとともに、システム・プロダクトには成長のための新たな機会と、経営者の後継者問題の解決という双方にとってのメリットがあります。
システム・プロダクトの2023年3月期の売上高は6億3279万円、営業利益は2,576万円であり、この買収によってDITはそのポートフォリオを強化し、両社は更なる成長を目指すことになります。
出典: https://ssl4.eir-parts.net/doc/3916/tdnet/2398172/00.pdf
現代では、グローバル化が加速し、国境を越えた企業活動が日常化しています。特に経済の成熟と市場の飽和が進む先進国では、新た…
2.デジタル・インフォメーション・テクノロジーによるジャングルの買収
デジタル・インフォメーション・テクノロジー(以下、DIT)は、2024年2月14日にソフトウェアおよびサービスの企画、開発、販売を行うジャングル(東京・千代田)の全株式を取得し、これを子会社化すると発表しました。この取引により、DITはジャングルの代表取締役らから919株を取得し、議決権所有割合を100%としました。取得価額については公開されていません。
DITは1982年の創業以来、独立系システムインテグレーターとしてIT業界における急速な技術革新に対応し、金融系業務システム開発、車載・半導体系組込みシステム開発、サイバーセキュリティ、業務効率化などの分野で独自の自社商品を提供し、市場での存在感を示してきました。2021年8月には、「ワンランク上の価値提供」をスローガンに掲げ、DIT2030ビジョンを発表。これは、既存事業の基盤強化と社会変化に対応した新しい価値・サービスの提供を通じて成長要素の拡大を目指すものです。
一方、ジャングルは1999年の創業以来、国内外の人気ソフトウェア製品を発掘・販売することで、着実に成長してきた企業です。主要商材として「Data Migration Box」、「DiskDeleter」、「筆ぐるめ」などがあります。これらの製品はそれぞれ特定のニーズに応えるものであり、ジャングルはこれらの製品を通じて独自の販売力とマーケティングノウハウを築き上げています。
3.アプリックスによるH2の子会社化
アプリックス社は、業績不振からの脱却と経営の安定化を目指し、長年にわたる経営効率化と事業再編に注力してきました。その一環として、安定的に収益を獲得できるストックビジネスへの注力を強化しており、これまでにも予算管理の強化やオフィス移転、エンジニア稼働率の向上による開発コストの削減など、様々な改善策を推進してきました。その結果、令和5年12月期の連結営業利益は203百万円と、前年対比で312.4%の増加を達成しています。
このような背景のもと、アプリックスは新たな自社ストックビジネス創出とサービスのラインナップ拡充を経営方針として掲げ、それに必要な資金確保のための施策を検討してきました。その過程で、H2社の株式取得に着目しました。H2社は、グループとしてMEOサービス(Map Engine Optimization: マップエンジン最適化)や電力事業、プロバイダー関連サービスなど幅広い事業を展開しており、特にプロバイダー関連サービスにおいては、安定的に得られるストック収益がアプリックスの経営方針に合致すると判断しました。
H2社は、その経営方針により、プロバイダー関連サービスの新規獲得を停止していましたが、アプリックスにとってはこの分野での事業拡張が見込めるため、2024年2月14日にH2社の全株式を取得し、子会社化することを発表しました。取得価額は約10億円で、これによりH2社はアプリックスの完全子会社となりました。この取得により、アプリックスはプロバイダー関連サービスにおけるストック収益の拡大と、それによる経営基盤のさらなる安定化を目指します。
また、H2社の完全子会社であるスマートライフ社もアプリックスの孫会社化が決議されました。スマートライフ社はH2社と同種のビジネスを営んでおり、アプリックスはH2社取得後にその必要性を検討し、必要が乏しいと判断した場合は吸収合併を検討する方針です。H2社の23年3月期の売上高は16億3,753万円、営業利益は1億1,653万円であり、この取引によるシナジー効果が期待されています。
この動きは、アプリックスにとって新たな成長機会の創出と、事業ポートフォリオの拡張に貢献するものであり、業績不振からの脱却と経営安定化への重要な一歩と位置づけられます。
出典: 株式会社 H2の株式取得(子会社化及び孫会社化)に関するお知らせ
パナソニックコネクトの米子会社による独Flexisの買収
パナソニックコネクトの完全子会社であり、サプライチェーンのリーディングソリューションプロバイダーであるBlue Yonder(ブルーヨンダー)は、2024年2月8日にドイツのflexis AG(フレクシス社)の買収を発表しました。この買収は、製造業向けのサプライチェーンプランニング(SCP)テクノロジーにおいてリーダーであるフレクシス社の革新的なソフトウェアテクノロジーを取り入れる戦略的な動きであり、特に自動車業界を始めとする製造業の顧客基盤が対象です。フレクシス社の技術は、自動車・産業機械およびOEMメーカー向けに、高度にカスタマイズ可能な製品や広範囲にわたるサプライヤーが抱える、複雑な生産設備やサプライチェーンネットワークの計画と最適化を支援するものです。
この買収は、Blue Yonderにとって過去3ヶ月で行われた2社目の買収となり、企業が持続可能かつ収益性の高いサプライチェーンを実現するためのエンドツーエンドプラットフォームをさらに強化することを目的としています。2023年11月には、ファーストマイルとラストマイルの配送を改善するテクノロジーを提供する英国のDoddle(ドドル)社を買収しており、これらの戦略的投資は、サプライチェーンマネジメント(SCM)を変革するBlue Yonderのミッションへのコミットメントを示しています。
フレクシス社のソリューションは、消費者が製造前に自動車をカスタマイズする際のあらゆるオプションを利用できるようにすることで、パーソナライゼーションへのシフトを可能にします。これにより、自動車メーカーは組み立てラインでのオーダーを柔軟にスケジューリングし、優先順位を付ける能力を持ち、受注管理システムと統合して、在庫状況、資材の制約、輸配送スケジュール、生産順序に基づいて生産日を調整し最適化することができます。
この買収により、パナソニックコネクトとその子会社であるBlue Yonderは、製造業、特に自動車業界におけるサプライチェーンソリューションの提供能力を大幅に強化し、顧客のニーズに応える柔軟で先進的なソリューションを提供することが可能になります。これは、サプライチェーンの複雑性を解消し、効率化を図る上で重要なステップであり、Blue Yonderのサプライチェーン管理におけるリーダーシップをさらに強化することに貢献すると考えられています。
出典: https://news.panasonic.com/uploads/tmg_block_page_image/file/21980/jn240208-4-1.pdf
コアコンセプト・テクノロジーによるPros Consの子会社化
コアコンセプト・テクノロジーは、2024年2月16日にAIを活用したシステム開発を手がけるPros Cons(東京・江東)を子会社化することを発表しました。この買収により、コアコンセプト・テクノロジーはPros Cons社の株式650株を個人から2億8,000万円で取得し、議決権所有割合を0%から100%へと高め、完全子会社化しました。Pros Cons社は、独自の良品学習AIアルゴリズムを活用した自社開発ソフトウェア「Gemini eye」と外観検査装置を保有しており、製造業の大手企業向けにソフトウェアとハードウェアの両面から外観検査を自動化するソリューションを提供しています。
この子会社化により、コアコンセプト・テクノロジーは自社のスマートファクトリーソリューション「Orizuru MES」に、Pros Consの外観検査AIソリューションを組み込むことで製品力の強化を図ることができます。この統合により、コアコンセプト・テクノロジーは製造業における品質管理の効率化と精度向上を実現し、顧客に対してより高度なスマートファクトリーの解決策を提供することが可能になります。
さらに、この買収は、Pros Cons社の成長にも貢献するとされています。コアコンセプト・テクノロジーは、クロスセルの機会、採用、および人材育成のノウハウ提供を通じて、Pros Consの発展を支援します。この戦略的な統合により、両社は技術革新と市場拡大の機会を捉え、製造業界における競争力を高めることが期待されています。
Pros Cons社の22年12月期の売上高は1億458万円、営業利益は2,433万円であり、この子会社化は両社にとって戦略的に重要なステップと位置づけられています。コアコンセプト・テクノロジーとPros Consの連携により、製造業向けの技術ソリューション市場において新たな価値を生み出し、さらなる事業の拡大が期待されます。
システム開発や保守・運用を行うビジネスモデルであるSESは、企業のIT化やデジタルトランスフォーメーション(DX)の進展…
まとめ
2024年に入り、IT業界ではM&A(合併・買収)の動きが活発化しています。このトレンドは、技術革新の加速と市場環境の変化に対応し、競争力を高めるための戦略的選択として多くの企業に採用されています。特に目立つのは、AI技術やスマートファクトリー関連の買収で、企業はこれらの先進技術を活用して製品力の強化やサービスの高度化を図っています。
例えば、コアコンセプト・テクノロジーによるPros Consの完全子会社化は、AIを活用した外観検査ソリューションの獲得という形で製品力の向上を目指しています。また、パナソニックコネクトの米子会社、Blue Yonderによるドイツのflexis AG買収は、サプライチェーン管理(SCM)の強化を目的としています。これらの事例から、技術の獲得、市場拡大、製品・サービスの多様化がM&Aの主な目的であることがうかがえます。
2024年のIT業界におけるM&Aトレンドは、技術獲得と市場シェアの拡大に焦点を当てた動きが中心です。企業は、新技術の迅速な獲得やビジネスモデルの変革、市場での競争力強化を目指しており、M&Aはその有力な手段となっています。今後もこの傾向は続き、特にAI、IoT、スマートファクトリー、サプライチェーン管理などの分野での買収が活発に行われることが予想されます。これにより、IT業界はさらなる進化を遂げ、企業間の競争はより激しくなることが予想されます。
M&Aを一口に言ってもその形態は多岐にわたり、特に「買収」と「合併」は混同されがちです。買収と合併という二つの戦略的プロ…