学習塾・予備校のM&A事例6選!業界の課題と展望とは

学習塾・予備校業界は、少子化や教育制度の変化、そしてデジタル化の波という、複数の要因によって大きな転換期を迎えています。このような環境下では、業界内での統合や事業再編が加速しており、M&A(企業の合併・買収)がその主要な手段として注目されています。この記事では、近年行われた学習塾・予備校業界の代表的なM&A事例6選を通じて、業界が直面している課題とその展望について深掘りします。M&Aを戦略的に活用することで、企業はどのように業務の効率化を図り、新たな成長機会を探求しているのでしょうか。また、これらの事例から見えてくる業界の未来像には、どのようなものがあるか明らかにしていきます。

学習塾・予備校業界の概要

学習塾・予備校業界は、小・中・高校生を主な対象として、放課後に有料で教科の補習や進学準備の学習指導を提供する民間の教育施設を指します。

学習塾・予備校業界は大きく「補習塾」と「進学塾」に分けることが可能です。補習塾では、学校で習った内容の復習や成績向上を目的とした指導が行われ、進学塾は受験に特化した指導を提供し、志望校や学力に応じたクラス編成を行っています。

予備校は、大学進学や資格取得を目指す生徒に対して、試験対策を中心に行う教育施設であり、高校卒業後の生徒(浪人生)を主に受け入れています。

教育業界では、予備校と学習塾を、対象となる生徒層によって明確に区分するのが普通です。

業界のサービス形態は集団指導と個別指導の大きく2つに分類されます。集団指導塾では10人以上の生徒に対して授業が行われ、個別指導塾では生徒1~3人に対して一人の教師が指導を行う形式が主流です。また、自立学習スタイルの教育もあり、生徒が各自で学習プリントを解いて教師に提出し添削を受ける形式の授業も存在しています。

市場規模については、新型コロナウイルス感染症の影響により、一時的な縮小が見られましたが、教育産業全体の市場は回復傾向にあります。ただし、大都市圏と地方との格差が拡大していることも業界の課題として認識されているのが現状です。

近年では、若年人口の増加が見込まれるアジア圏への進出など、新たな市場開拓も行われています。

学習塾・予備校業界の市場動向

学習塾・予備校業界は、近年、技術の進化と社会の変化により、多くの新しい動きが見られます。特に、生成AIの導入が進むなど、教育のデジタル化が急速に進んでいるのが市場動向として最も注目すべき事項です。業界調査によれば、一定の割合の学習塾が生成AIの導入を完了または検討しており、これは今後の教育内容や方法に大きな変化をもたらす可能性があります。

売上高の面では、年度による増加が見込まれており、業界全体が成長傾向にあることが示されています。また、コスト見直しや講師の増員など、経営効率化や質の向上に努める動きも活発化しているのが現状です。

公立学校内での「学校内塾」の設立が急増しており、教育サービスの提供形態も多様化しています。これは、教育機関と塾が連携し、生徒によりアクセスしやすい形で補習や進学指導を提供することを目的としています。このような動きは、学習の機会を増やし、教育の質を高めることに貢献していると言えるでしょう。

少子化の影響により、生徒を取り巻く競争環境は激化しており、特に名門とされる予備校では、生徒獲得のための努力が重要になっています。このような中、大手予備校ではAIを用いた個別指導や、難関校入試対策に特化した教材開発など、先進的な技術を取り入れた教育サービスの提供が進められています。

また、教育業界内でのM&Aも加速しており、異なる教育サービス提供者間での提携や合併が増えています。これは、教育サービスの質の向上、コスト削減、新しい市場への進出など、さまざまな目的を持って行われています。特に、個別指導塾の大手が他の教育サービス提供者と提携することで、教育コンテンツの充実や新しい学習スタイルの提供が可能になっています。

デジタル技術の活用は、VRやメタバースのような新しい技術を教育現場に取り入れる動きにもつながっています。これらの技術を用いることで、生徒がより没入感のある学習体験を得られるようになり、学習の効率や効果を高めることが期待されています。

このように、塾・予備校業界は、技術の進化と社会の変化を受けて、教育サービスの提供方法や内容に大きな変化を遂げています。今後も、これらの動向は教育業界全体の発展に大きく寄与することが予想されます。

学習塾・予備校業界でM&Aを行うメリット・デメリット

学習塾や予備校業界におけるM&A(企業の合併や買収)は、近年盛んに行われています。教育業界の特性上、M&Aを通じて事業拡張や経営資源の効率化を図ることが可能ですが、その一方でデメリットも存在します。以下では、業界特有のメリットとデメリットについて解説します。

学習塾・予備校業界でM&Aを行うメリット

学習塾・予備校業界でM&Aを行う場合には次のようなメリットがあります。

デジタル化への対応

現代の教育業界では、デジタル技術の活用が不可欠です。M&Aにより、デジタル教育の分野で先進的な技術やノウハウを持つ企業を取り込むことができれば、オンライン授業の質の向上や、効率的な学習管理システムの導入が可能になります。これにより、新型コロナウイルスのような緊急事態にも柔軟に対応できるだけでなく、教育サービスの提供範囲を大幅に拡大できる可能性があります。また、デジタル化は教材の開発コストを下げ、生徒や保護者にとっても利便性を高めることが期待できます。

市場シェアの拡大

M&Aを通じて他の学習塾や予備校を取得することで、短期間で市場シェアを拡大することが可能です。これにより、地域での教育サービス提供のリーダーとなり、競争力を高めることができます。

事業領域の拡張

異なる教育領域に強みを持つ学習塾や予備校とのM&Aにより、新しい事業領域への進出が容易になります。例えば、小学生向けの学習塾が高校生向けの予備校を買収することで、顧客のライフステージに合わせた一貫した教育サービスを提供できるようになります。

経営資源の共有化

M&Aを通じて経営資源を共有化することで、運営コストの削減や教育内容の質の向上が期待できます。講師の共有や教材の共同開発などがその例です。

学習塾・予備校業界でM&Aを行うデメリット

学習塾・予備校業界でM&Aを行う場合には次のようなデメリットがあります。

文化の衝突

組織文化や教育方針の違いから、統合後に内部での衝突が発生する可能性があります。特に、教育業界では教育理念の違いが大きな影響を及ぼすことが多いため、注意が必要です。

ブランド価値の希薄化

M&Aによって多様なブランドが混在すると、それぞれのブランド価値が希薄化する可能性があります。教育業界ではブランドの信頼性が非常に重要なため、統合後のブランド戦略が求められます。

統合プロセスの複雑さ

教育内容やカリキュラムの統一、システムの統合など、M&A後には多くの課題が発生します。これらの統合作業は時間とコストがかかり、組織のパフォーマンスに一時的な悪影響を及ぼすことがあります。

学習塾・予備校のM&A事例6選

ここからは、近年行われた学習塾・予備校のM&A事例を6つ紹介していきます。

早稲田アカデミーによる幼児未来教育の子会社化

早稲田アカデミーは2024年1月25日に、幼児教室運営会社である株式会社幼児未来教育(東京・渋谷)の全株式を取得し、同社を子会社化することを発表しました。この取引は、1月31日に幼児未来教育の代表取締役ら2人から70株の株式を取得することで完了し、取得価額は非開示です。

幼児未来教育は、1歳から6歳までの未就学児を対象とした「ベンチャースクール サン・キッズ」のブランド名で幼児教室を運営しており、東京都心部に3教室を構え、独自のプログラムを通じて質の高い学びを提供しています。加えて、同社は幼稚園受験や小学校受験への対策プログラムにも力を入れており、保護者からの信頼も厚いとされています。

この子会社化により、早稲田アカデミーは新たな事業領域に進出し、未就学児向けの教育ノウハウを共有することで、これまで接点の少なかった顧客層との関係を強化し、顧客生涯価値(ライフタイムバリュー)の向上と業容拡大を図ることができます。また、両社の事業理念や事業内容の親和性が高いことから、今回の子会社化により、女性の活躍促進などを含む早期のシナジー創出が期待されています。

幼児未来教育の2023年3月期の売上高は1億300万円と公表されており、この取引は早稲田アカデミーの中期経営計画(2024年3月期~2026年3月期)における新収益基盤の創出という重点施策に沿ったものであることが示されています。これにより、早稲田アカデミーは教育事業のさらなる多様化と拡大を目指していくことになります。

出典: https://ssl4.eir-parts.net/doc/4718/tdnet/2383335/00.pdf

ブロードメディアによるプログラミング教育を行うDivの子会社化

ブロードメディアは、2023年12月26日に、プログラミング教育を提供する株式会社div(東京・渋谷)及びその100%子会社でAI技術を駆使したソフトウェア開発を手掛ける株式会社divx(同)の株式を取得し、両社を子会社化(divxは孫会社化)することを発表しました。この取引は、2024年1月1日にEight Roads Ventures Japan II L.P.、森トラストなどからdivの普通株式122,224株と優先株式(A種~D種)132,440株、合計254,664株を取得することで成立し、取得価額は非開示です。

高等学校におけるプログラミング教育の必修化などを背景に、ブロードメディアは教育セグメントにおいてルネサンス高校グループとの協業や新規サービス開発を通じた成長を見込んでいます。divは、未経験者からエンジニアへの転職を支援する「テックキャンプ」や、未経験者向けプログラミングスクール「テックキャンプ プログラミング教養」、法人向け研修サービスなど、目的に応じた多様なプログラミング教育事業を運営しています。また、divxはAI技術を活用した高品質なソフトウェア開発とソリューション提供を行っており、エンジニアリソースの強化と営業基盤の活用による事業拡大が期待されています。

この子会社化により、ブロードメディアは新たな事業領域に進出し、既存の教育セグメントの強化と技術セグメントにおけるリソース強化を図ります。また、プログラミング教育の必修化という社会的な動きに対応し、教育×技術の領域での新たなサービス開発や事業の拡大を目指し、双方の成長及び企業価値の向上に寄与することが期待されています。これにより、ブロードメディアは「教育×技術」領域において、より一層の成長を遂げることが可能となり、中長期的な成長戦略の一環として、これらの新しい動きがグループ全体の事業拡大と企業価値の向上に貢献する見込みです。

出典: 株式取得(子会社化及び孫会社化)及び特定子会社の異動に関するお知らせ

ヤマノHDによる学習塾運営を行う灯学舎の子会社化

ヤマノホールディングス(HD)は、2023年12月1日に、個別指導学習塾を運営する株式会社灯学舎(川崎市)を子会社化することを発表しました。この取引により、灯学舎の議決権所有割合は0%から100%へと変わり、ヤマノHDによる全株式取得が完了しています。取得価額は非開示です。

灯学舎は、やる気スイッチグループ(東京・中央)のフランチャイズ加盟店として、神奈川県、群馬県、千葉県、東京都に合わせて17店舗の「スクールIE」を運営しています。これにより、ヤマノHDグループは、以前にも「スクールIE」のFC加盟店事業を手掛ける2社をグループ化しており、今回の灯学舎の子会社化によって首都圏を広くカバーする体制が整いました。

ヤマノHDは、灯学舎の子会社化を通じて、教育事業の事業運営ノウハウ、人材採用や育成プランの共有、システムの共通化、相互の講師派遣などによるサービスの向上を図るほか、販売管理コストの削減による収益力向上のシナジーを見込んでいます。灯学舎の2023年2月期の売上高は3億7800万円、営業利益は1000万円であり、この子会社化によってヤマノHDグループの教育事業のさらなる拡大と収益の柱としての確立が期待されます。

この戦略は、ヤマノHDグループが「美道五原則」を企業理念として掲げ、新たな収益源の獲得と拡大を目指す中で、「教育事業」へのM&Aを進めていることの一環です。社会課題ともなっている中小企業の後継者問題や事業承継問題に取り組みつつ、教育市場への対応力を強化し、企業価値向上を目指しています。

出典: 株式会社灯学舎の株式取得(子会社化)に関するお知らせ

エルアイイーエイチによるTransCoolの子会社化

エルアイイーエイチは、2023年9月28日に、北海道苫小牧市に拠点を置く教育関連企業である株式会社TransCoolの全株式を取得し、これを完全子会社化すると発表しました。取得は10月2日に実施され、代表取締役らから12株を9000万円で取得しました。

TransCoolは、授業動画の制作や授業のオンライン化に対応した学習指導を行っており、エルアイイーエイチにとって、教育関連事業における新サービスの開発と制作を担う重要な役割を果たすことになります。この子会社化により、エルアイイーエイチは教育関連事業の売上高拡大と収益向上を図ることができるようになります。

TransCoolの2023年3月期の売上高は1億4386万円であり、営業損益は425万円の赤字でした。この財務状況にもかかわらず、エルアイイーエイチはTransCoolが持つ技術とノウハウを高く評価し、子会社化の決断を下しました。

エルアイイーエイチの教育関連事業において、TransCoolの子会社化は、教育市場におけるデジタル化とオンライン化のトレンドに対応し、競争力を高める戦略的なステップとなります。これにより、エルアイイーエイチは教育分野でのサービス提供の幅を広げ、より多様なニーズに応えることが期待されています。

出典: 株式会社TransCoolの株式の取得(子会社化)に関するお知らせ

TBSホールディングスによるやる気スイッチグループホールディングスの子会社化

TBSホールディングス(HD)は、2023年6月29日に教育業界の重要プレイヤーであるやる気スイッチグループホールディングス(東京・中央)を連結子会社化したことを発表しました。

TBSHDは、この取引で、国内の法人および個人からやる気スイッチグループの株式78%(議決権ベース)を取得し、取得価格は287億3200万円に達しました。更に、7月31日にはリンクアンドモチベーションからも株式を取得しています。

今回の取引により、TBSHDは知育および教育事業に本格的に参入し、やる気スイッチグループの個別指導学習塾「スクールIE」、知育・小学校受験指導の幼児教室、子ども向けスポーツ教室などの幅広い教育サービスを提供する強力な基盤を獲得しました。

やる気スイッチグループは、13万人の有料会員の顧客基盤を持ち、教育業界において確固たる地位を築いている企業グループです。TBSHDは、連結子会社化を通じて、コンテンツ制作力や豊富な映像アーカイブを活用し、映像教育コンテンツ教材の開発に乗り出します。この新たな動きは、教育分野における革新的な取り組みとして、既存の教育プログラムの強化および新規サービスの提供を可能にします。

また、やる気スイッチグループHDとの子会社化により、TBSHDは「自ら考え、創造する力」=「クリエイティブ力」の育成に重点を置き、探究学習などの新しい学習スタイルの導入を推進します。これは、VUCAの時代において特に重要視される能力であり、教育業界における革新の波をリードすることを目指します。

想定されるシナジー効果として、TBSのメディア力を駆使してやる気スイッチグループHDの会員制プラットフォームの利用者数を拡大し、高品質な教育情報の提供を強化すると共に、JNNネットワークを利用したブランドイメージの向上、全国展開の促進、さらには両社のネットワークと事業基盤を活用した教育コンテンツの海外展開も計画されています。

出典: https://ssl4.eir-parts.net/doc/9401/tdnet/2305772/00.pdf

ベネッセHDによる京都洛西予備校の株式取得

ベネッセホールディングス(HD)は、2023年3月15日に京都市に本拠を置く京都洛西予備校の全株式の取得契約を締結したことを発表しました。株式の取得は2023年4月28日に行われ、この取引により京都洛西予備校はベネッセグループの一員となりました。なお、東進衛星予備校福知山駅南校はこの譲渡の対象外です。

京都洛西予備校は、京都市西京区を中心に、小中高校生を対象とした学習塾を7教室展開しています。ベネッセグループは既に関西地域において、アップ(兵庫県西宮市)を通じて予備校・学習塾事業を展開しており、今回の京都洛西予備校の子会社化によって、京都府内におけるグループ塾の拠点展開数を充実させ、京阪神エリアでの塾・教室事業を強化する計画です。

ベネッセホールディングスは、幼児から高校生、さらに社会人に至るまでの一貫した学習サポートを提供することを目指しており、既に東京個別指導学院、アップ、東京教育研(鉄緑会)といった子会社を通じて、生徒一人ひとりのニーズに合わせた質の高い教育サービスを提供しています。アップは関西を拠点に様々なブランド名で学習塾を運営しており、今後は京都洛西予備校との事業連携を通じて経営資源の共有化を推進し、京都洛西予備校の公立高校や公立中高一貫校受験における高い合格実績を背景に、さらなる事業成長を目指します。

この子会社化は、ベネッセグループが教育事業におけるサービスの質と範囲を拡大し、京阪神エリアにおける教育サービス提供の強化を図る戦略的なステップとなります。ベネッセグループはこれを機に、京都洛西予備校の教育理念「一人ひとりの個性を大切に」を生かし、学ぶ楽しさや自己成長の喜びを提供していくことを期待しています。

出典: 株式会社京都洛西予備校の株式取得に関する 株式譲渡契約締結のお知らせ

まとめ

学習塾・予備校業界におけるM&Aは、単に事業の規模を拡大するだけでなく、教育サービスの質の向上、デジタル技術の導入、新たな顧客層の開拓など、多方面にわたる利益をもたらしています。少子化や教育のデジタル化といった外部環境の変化に対応し、持続可能な成長を目指す上で、M&Aは重要な戦略選択肢の一つとなっています。今後も、業界の課題を解決し、新たな可能性を模索するために、様々な形での統合や提携が積極的に行われていくことが予想されます。学習塾・予備校業界の未来は、変革の波を乗り越えることができるかどうかにかかっており、その鍵を握るのは、変化に対応できる柔軟な思考と、時代に合わせた革新的な取り組みであると言えるでしょう。