アーンアウトの意味や種類を解説!M&Aにおけるメリットとは?

M&Aにおけるアーンアウト条項は、取引におけるリスクを効果的に管理し、買い手と売り手双方の利益を最大化するための重要な手段です。特に、企業の将来の業績が不確実な場合において、アーンアウト条項はその真価を発揮します。本記事では、アーンアウトの基本的な意味や種類を詳しく解説し、M&A取引における具体的なメリットについて探っていきます。国内外の実際の事例を通じて、アーンアウト条項がどのように利用され、どのような効果をもたらすのかを見ていきましょう。

この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)

アーンアウトとは?

企業のM&Aにおいて、取引の条件や対価の支払い方法は多岐にわたります。その中でも特に注目されているのが「アーンアウト」という手法です。アーンアウトは、買収後の一定期間内に売り手企業が定められた目標を達成した場合に、買い手企業が追加的に対価を支払う仕組みです。この手法は、買い手と売り手の双方にとって多くのメリットをもたらし、特に企業の将来性や成長性に対する評価が分かれる場合に有効です。

M&Aの取引において、買い手はリスクをできるだけ低く抑えたい一方で、売り手は企業の価値を高く評価してもらいたいという相反する立場にあります。このギャップを埋めるために、アーンアウトは非常に有効な手段となります。買い手は初期の投資額を抑えつつ、売り手が目標を達成した場合にのみ追加の対価を支払うことができるため、リスクを分散できます。一方、売り手は自社の将来の業績に基づいて追加の報酬を得ることができ、企業の価値を最大限に引き出すことが可能です。

以下では、アーンアウトの定義やその歴史と背景について詳しく解説します。アーンアウトがどのようにしてM&Aの世界で普及してきたのか、そしてその具体的な仕組みについて理解を深めていただければと思います。

アーンアウトの定義

アーンアウト(Earn-out)とは、M&Aにおいて、売り手企業が一定の業績指標や目標を達成した場合に、買い手企業が売り手企業に追加的に対価を支払う仕組みを指します。具体的には、M&A契約時にあらかじめ設定された目標が達成された場合にのみ、追加の報酬が支払われることが取り決められています。このような取り決めは「アーンアウト条項」と呼ばれ、契約書に明記されます。

通常、M&Aの買収対価は一括で支払われることが多いですが、アーンアウト条項を用いることで、買い手企業は買収後のリスクを適切に分散することができます。これにより、買い手企業は売り手企業の将来の業績に対する不確実性を低減し、売り手企業は目標を達成することで追加の対価を得るチャンスを得ることができます。これにより、M&Aにおける双方のリスクと利益を調整することが可能となります。

アーンアウトの指標としては、売上高、純利益、営業利益、EBITDA(利息・税金・償却前利益)、営業キャッシュフロー、フリーキャッシュフローなどが一般的に用いられます。これらの指標は、企業の業績を評価するための主要な基準となり、アーンアウト条項に基づく報酬の計算に使用されます。

アーンアウトの歴史と背景

アーンアウトの概念は、M&Aの実務において比較的新しいものではありますが、その背景にはいくつかの重要な要因が存在します。アーンアウトは、特に買い手と売り手の間で企業価値に対する認識の違いが大きい場合に、有効な解決手段として登場しました。

アーンアウトの歴史は、主に欧米のクロスボーダーM&Aにおいて見られるようになったことから始まります。欧米の企業間では、将来の業績に対する期待や不確実性を反映する手段としてアーンアウトが利用されるようになりました。これにより、買い手企業は買収後のリスクを低減し、売り手企業は自社の将来性をより高く評価してもらうことができるようになったのです。

アーンアウトが普及した背景には、企業買収におけるリスク管理の重要性が高まったことがあります。買収対象企業の将来の業績は予測が難しく、その不確実性が買収の成否に大きく影響します。特にスタートアップ企業や成長企業においては、将来の業績が大きく変動する可能性があるため、買い手企業は初期投資を抑えつつ、リスクを分散する手段としてアーンアウトを導入することが増えました。

日本国内においては、アーンアウトの利用はまだ一般的ではありませんが、近年その導入が徐々に増えてきています。これは、日本企業が海外企業を買収するインアウト案件や、海外企業が日本企業を買収するアウトイン案件が増加していることが一因です。これらのクロスボーダーM&Aにおいては、欧米の取引慣行に習い、アーンアウトが活用されるケースが増えています。

また、事業承継型M&Aの増加もアーンアウトの普及を促進しています。日本では少子高齢化に伴い、中小企業の後継者問題が深刻化しており、M&Aによる事業承継が一つの解決策となっています。このような背景から、アーンアウトが普及しつつあり、将来的にはさらにその利用が広がることが期待されています。

以上のように、アーンアウトはM&Aにおけるリスク管理と価値評価の手段として登場し、特に将来の業績に不確実性がある場合に有効な手段として利用されています。今後もその重要性は増していくと考えられます。

アーンアウトの種類

アーンアウトには、金銭的アーンアウトと非金銭的アーンアウトの2種類があります。これらは、企業の買収に際して、異なる指標に基づいて売り手に追加報酬を支払う仕組みです。どちらのタイプも、売り手の業績を評価し、買い手と売り手のリスクと利益を調整するために使用されます。以下では、それぞれの種類について詳しく解説します。

金銭的アーンアウト

金銭的アーンアウトは、売り手企業の財務的な業績指標に基づいて追加報酬を支払う仕組みです。これらの指標は、企業の財務諸表から直接取得できる数値であり、客観的かつ測定可能なものです。金銭的アーンアウトは、以下のような指標に基づいて設定されることが一般的です。

  • 売上高

売上高は、企業が一定期間内に得た総収入を示します。この指標は、企業の市場でのパフォーマンスを反映し、企業の成長性を評価するための基本的な指標となります。アーンアウト条項に売上高を使用することで、買い手は売り手が市場シェアを維持または拡大することを期待できます。

  • 粗利

粗利は、売上高から売上原価を差し引いたものです。この指標は、企業が商品やサービスを販売する際の基本的な利益率を示します。粗利をアーンアウトの指標として使用することで、企業の基本的な収益力を評価することができます。

  • 営業利益

営業利益は、粗利から営業経費を差し引いたものです。これは、企業の主要な営業活動から得られる利益を示し、企業の運営効率を評価するための指標となります。営業利益をアーンアウトの指標とすることで、企業が効率的に運営されているかどうかを判断することができます。

  • EBITDA

EBITDA(利息・税金・償却前利益)は、企業の営業利益に減価償却費、利息、税金を加えたものです。この指標は、企業の本質的な収益力を示し、設備投資の金額やタイミングに左右されないため、アーンアウトの指標として広く使用されています。EBITDAを指標とすることで、企業のキャッシュフロー生成能力を評価することができます。

  • 営業キャッシュフロー

営業キャッシュフローは、企業の営業活動から生じる現金の流入と流出を示します。この指標は、企業が日常の営業活動から得る現金の流れを評価するために使用されます。営業キャッシュフローをアーンアウトの指標とすることで、企業の実際の現金収支を反映した評価が可能となります。

  • フリーキャッシュフロー

フリーキャッシュフローは、営業キャッシュフローから設備投資を差し引いたものです。この指標は、企業が自由に使える現金の量を示し、企業の成長や株主への還元に利用できる資金の量を評価するために使用されます。フリーキャッシュフローをアーンアウトの指標とすることで、企業の実際の財務状況を反映した評価が可能となります。

金銭的アーンアウトは、財務的な業績指標に基づいて設定されるため、客観的かつ測定可能な評価が可能です。これにより、買い手と売り手の間で透明性の高い取引が実現しやすくなります。また、売り手企業の経営陣にとっても、明確な目標を持って業績向上に取り組む動機付けとなります。

非金銭的アーンアウト

非金銭的アーンアウトは、売り手企業の財務指標以外の業績指標に基づいて追加報酬を支払う仕組みです。これらの指標は、企業の成長やパフォーマンスを評価するために使用されるもので、財務諸表には直接反映されないものです。非金銭的アーンアウトは、以下のような指標に基づいて設定されることが一般的です。

  • 新規顧客の獲得数

新規顧客の獲得数は、一定期間内に新たに獲得した顧客の数を示します。この指標は、企業の市場拡大能力や販売戦略の効果を評価するために使用されます。新規顧客の獲得数をアーンアウトの指標とすることで、企業の成長ポテンシャルを反映した評価が可能となります。

  • アクティブユーザーの数

アクティブユーザーの数は、一定期間内にサービスを利用したユーザーの数を示します。この指標は、企業の製品やサービスの利用率を評価するために使用されます。アクティブユーザーの数をアーンアウトの指標とすることで、企業の顧客基盤の強さを反映した評価が可能となります。

  • 顧客満足度

顧客満足度は、企業の製品やサービスに対する顧客の満足度を示します。この指標は、企業のブランド価値や顧客関係の質を評価するために使用されます。顧客満足度をアーンアウトの指標とすることで、企業の顧客対応やサービス品質を反映した評価が可能となります。

  • 顧客の離脱率

顧客の離脱率は、一定期間内にサービスを利用しなくなった顧客の割合を示します。この指標は、企業の顧客維持能力を評価するために使用されます。顧客の離脱率をアーンアウトの指標とすることで、企業の顧客ロイヤルティを反映した評価が可能となります。

  • 株価の上昇

株価の上昇は、企業の株式の市場価値が上昇した割合を示します。この指標は、企業の全体的なパフォーマンスや市場の評価を反映するために使用されます。株価の上昇をアーンアウトの指標とすることで、企業の経営戦略や市場ポテンシャルを反映した評価が可能となります。

  • 社内規定の整備

社内規定の整備は、企業内部の規定やプロセスが適切に整備されているかを示します。この指標は、企業の内部統制やガバナンスの質を評価するために使用されます。社内規定の整備をアーンアウトの指標とすることで、企業の内部運営の安定性を反映した評価が可能となります。

非金銭的アーンアウトは、財務指標には直接反映されないが、企業の成長やパフォーマンスに重要な影響を与える要素を評価するために使用されます。これにより、買い手と売り手の間で包括的な評価が可能となり、取引の透明性と公正性を高めることができます。また、売り手企業の経営陣にとっても、財務指標以外の重要な目標を達成する動機付けとなります。

金銭的アーンアウトと非金銭的アーンアウトの組み合わせにより、M&A取引はより多面的で包括的な評価が可能となり、買い手と売り手の双方にとって有益な結果をもたらすことができます。これにより、M&Aの成功率が高まり、企業の成長と発展が促進されます。

アーンアウトを利用するメリット

アーンアウトは、M&Aにおける取引条件を調整するための有力な手法であり、買い手企業と売り手企業の双方に多くのメリットをもたらします。買い手企業にとってはリスクの分散や資金流出の調整が可能になり、売り手企業にとっては追加報酬の可能性や交渉の成功率向上など、双方の利益を調整しながら取引を成立させるための有効なツールとなります。以下では、買い手企業と売り手企業それぞれの視点から、アーンアウトの具体的なメリットについて詳しく見ていきます。

買い手企業のメリット

アーンアウトを導入することで、買い手企業は多くの重要なメリットを享受できます。特に、買収後のリスク管理や資金管理において大きな利点があります。以下では、買い手企業がアーンアウトを利用する具体的なメリットについて詳しく解説します。

リスクの分散

アーンアウトは、買い手企業にとってリスク管理の手段として非常に有効です。買収対象企業の将来の業績は予測が難しく、特に成長段階にある企業や新興市場においては不確実性が高くなります。アーンアウトを導入することで、買収時に全額を一括で支払うのではなく、売り手が設定した業績目標を達成した場合にのみ追加対価を支払うことができます。これにより、買い手は不確実な未来に対するリスクを分散させ、初期投資を抑えることができます。

資金流出の分散

一度に多額の資金を支払うことは、買い手企業にとって大きな負担となります。アーンアウトを利用することで、対価の支払いを段階的に行うことができ、資金流出を分散させることが可能です。これにより、キャッシュフローの管理が容易になり、資金繰りに余裕を持たせることができます。また、必要に応じて金融機関からの融資を複数回に分けて申請することができるため、資金調達の柔軟性も高まります。

売り手企業のモチベーション維持

M&A後も売り手企業の経営陣が残留する場合、アーンアウトは彼らのモチベーション維持に大きく寄与します。売り手企業の経営陣は、設定された業績目標を達成することで追加対価を得られるため、引き続き高いパフォーマンスを発揮しようとするインセンティブが働きます。これにより、買収後の企業運営が円滑に進み、シナジー効果を最大限に引き出すことが期待できます。

M&Aの交渉を円滑に進められる

買収価格に関して売り手と買い手の間に意見の相違がある場合、アーンアウトを導入することで交渉が円滑に進むことがあります。売り手は将来の業績に基づいて追加対価を得る可能性があるため、初期の売却価格を抑えることに同意しやすくなります。一方、買い手はリスクを軽減しながら、売り手のパフォーマンスを期待して投資を行うことができます。

売り手企業のメリット

一方、売り手企業にとってもアーンアウトは大きなメリットをもたらします。将来の業績に基づく追加報酬や、交渉の成功率向上など、アーンアウトは売り手企業の価値を最大限に引き出すための有効な手段です。次に、売り手企業がアーンアウトを利用する具体的なメリットについて詳しく見ていきます。

将来の業績に基づく追加報酬

アーンアウトを導入することで、売り手企業はM&A契約時に受け取る売却対価に加えて、将来の業績目標を達成した際に追加報酬を受け取ることができます。これにより、売り手企業は自社の成長性や将来性を評価してもらう機会を得られ、企業価値の最大化を図ることが可能です。特に、成長段階にある企業や将来の業績が期待できる企業にとって、アーンアウトは非常に魅力的な手法となります。

交渉の成功率向上

売り手企業は、自社の将来のパフォーマンスに自信がある場合、アーンアウトを提案することでM&A交渉の成功率を高めることができます。買い手企業は初期投資額を抑えられるため、取引に前向きになりやすく、売り手が設定した業績目標を達成することで追加報酬を得られる点も大きな魅力です。このように、アーンアウトは買い手と売り手の利害を調整し、交渉を円滑に進めるための強力なツールとなります。

インセンティブの提供

売り手企業の経営陣にとって、アーンアウトは強力なインセンティブとなります。設定された業績目標を達成することで、追加報酬を得られるため、引き続き高いパフォーマンスを発揮しようとする動機付けとなります。これにより、売り手企業の経営陣はM&A後も積極的に事業に取り組み、企業の成長と発展に寄与することが期待されます。

資金調達の手段としての活用

アーンアウトは、売り手企業にとって資金調達の手段としても利用できます。特に成長段階のベンチャー企業にとって、将来の業績を評価してもらうことで、M&A成立後に追加の資金を得ることができます。これにより、売り手企業は成長戦略を実現するための資金を確保しやすくなります。

以上のように、アーンアウトは買い手企業と売り手企業の双方にとって多くのメリットをもたらします。買い手企業はリスクを分散し、資金流出を抑えつつ、売り手企業のモチベーションを維持することができます。売り手企業は将来の業績に基づいて追加報酬を得ることで、企業価値の最大化を図り、交渉の成功率を高めることができます。このように、アーンアウトはM&Aにおける重要な手法として、今後も広く利用されていくことが期待されます。

アーンアウトを利用するデメリット

アーンアウトは、M&Aにおいて買い手企業と売り手企業の双方に多くのメリットをもたらす一方で、デメリットも存在します。アーンアウト条項を導入することにより、取引の複雑性が増し、リスク管理や実行の難易度が高まることがあります。以下では、買い手企業と売り手企業のそれぞれの視点から、アーンアウトを利用する際の具体的なデメリットについて詳しく見ていきます。

買い手企業のデメリット

アーンアウトを導入することで、買い手企業は特定のリスクや課題に直面する可能性があります。以下では、買い手企業にとってのアーンアウトのデメリットについて詳しく解説します。

買収価格の増加リスク

アーンアウト条項が付いた契約では、売り手企業が設定された業績目標を達成した場合に、買い手企業は追加の対価を支払う義務があります。このため、最初に想定していた買収価格が高くなるリスクがあります。特に売り手企業が目標を大幅に上回る業績を達成した場合、買収価格は当初の計画よりも大幅に増加する可能性があります。買い手企業は、このリスクを十分に認識し、適切な資金計画を立てる必要があります。

支払い困難リスク

アーンアウト条項に基づく追加対価の支払いは、買収後の一定期間に発生します。そのため、買い手企業は支払い時点で必要な資金を確保しておく必要があります。しかし、企業の業績や市場環境が予想外に変動することにより、追加対価の支払いが困難になるリスクがあります。特に、買い手企業の業績が悪化した場合や、金融市場の状況が変動した場合には、必要な資金を調達するのが難しくなる可能性があります。

交渉の長期化

アーンアウト条項を導入することで、M&Aの交渉が複雑化し、長期化することがあります。アーンアウトの具体的な条件や目標設定について、買い手と売り手の間で詳細な協議が必要となるため、交渉に時間がかかることがあります。この交渉の長期化は、M&Aの実行タイミングに影響を与え、取引全体の進行を遅延させる可能性があります。また、交渉が長期化することで、双方の信頼関係に影響を与えるリスクもあります。

売り手企業のデメリット

一方、売り手企業にとってもアーンアウトは特定のデメリットをもたらします。以下では、売り手企業がアーンアウトを利用する際の具体的なデメリットについて詳しく見ていきます。

一括での対価受け取りが困難

アーンアウト条項を導入することで、売り手企業は買収対価を一括で受け取ることができなくなります。売却対価の一部が将来の業績目標達成に依存するため、売り手企業は全額を一度に受け取ることができず、資金の流動性に影響を与える可能性があります。一括での対価受け取りができないことは、売り手企業が新たな投資や事業展開を行う際の資金計画に影響を与えることがあります。

結果次第で対価が変動

アーンアウト条項に基づく追加対価は、売り手企業の業績次第で変動します。設定された目標を達成できなかった場合、売り手企業が受け取る対価は減少します。特に、予期しない外部要因や市場環境の変化によって業績が低下した場合、売り手企業は期待していた対価を受け取ることができなくなるリスクがあります。この不確実性は、売り手企業にとって大きな負担となります。

交渉の長期化

アーンアウト条項を含む契約交渉は、複雑で時間がかかることが多いため、売り手企業にとってもデメリットとなります。買い手企業と売り手企業の間で、業績目標や追加対価の条件について詳細な合意が必要となるため、交渉プロセスが長引く可能性があります。この長期化は、売り手企業の経営リソースを消耗させ、M&Aの早期実現を妨げる要因となります。

アーンアウトは、買い手企業と売り手企業の双方にとって多くのメリットをもたらす一方で、上記のようなデメリットも存在します。これらのデメリットを理解し、適切なリスク管理と対策を講じることで、アーンアウトを効果的に活用することができます。買い手企業と売り手企業は、アーンアウト条項の導入に際して、デメリットを十分に考慮し、双方にとって最適な条件を設定することが重要です。

アーンアウトの活用事例

アーンアウト条項は、買い手企業と売り手企業の双方にとって有益な手段として、多くのM&A取引で活用されています。アーンアウトを導入することで、将来の業績に基づいた追加の対価支払いを可能にし、取引リスクを分散させることができます。以下では、国内外の具体的な事例を通じて、アーンアウトの実際の活用方法とその効果について詳しく見ていきます。

国内の事例

国内では、アーンアウト条項を利用したM&A事例が少ないものの、いくつかの注目すべき取引が存在します。以下に、日本国内でのアーンアウトの活用事例を紹介します。

マネックスによるコインチェック買収

2018年4月、ネット証券大手のマネックスグループは、仮想通貨取引所であるコインチェックを買収しました。コインチェックは2018年1月に不正ハッキングによる被害を受け、約5億ドル相当のNEMコインが流出したことで注目を集めました。この事件を受け、関東財務局から業務改善命令が出され、コインチェックの信用は大きく揺らいでいました。

この状況下で、マネックスグループはコインチェックを36億円で買収することを決定しましたが、買収価格にはアーンアウト条項が含まれていました。具体的には、今後3年間の純利益合計額に対して2分の1を上限に追加対価を支払う条件が設定されました。このアーンアウト条項により、マネックスはコインチェックの業績回復に対するリスクを軽減しつつ、将来の利益を期待して買収を行いました。

この事例は、国内M&Aにおいてアーンアウト条項がどのように活用され、リスク管理と将来の業績に基づく追加対価支払いがどのようにバランスされるかを示す代表的な例です。

DeNAによるngmoco買収

2010年10月、DeNAはアメリカのモバイルゲーム開発会社ngmocoを買収しました。ngmocoは、iOSやAndroid向けの人気モバイルゲームを開発しており、累計のアプリダウンロード数は5,000万を超えるなど、高い成長性を持つ企業でした。

DeNAは、買収時に3.03億ドル(約257億円)を支払い、さらに2011年12月に終了する事業年度の業績に応じて最大1億ドル(約85億円)のアーンアウト条項を設定しました。このアーンアウト条項により、ngmocoが設定された目標を達成すれば、追加対価が支払われることになっていました。

この事例は、アメリカのベンチャー企業を買収する際に、将来の業績に基づく対価支払いの仕組みを導入することで、買い手企業のリスクを軽減しつつ、売り手企業の成長を促進する方法を示しています。

海外の事例

海外では、アーンアウト条項を利用したM&Aが広く行われており、さまざまな事例が存在します。以下に、海外でのアーンアウトの活用事例を紹介します。

SanofiによるGenzyme買収

2011年2月、フランスの製薬会社Sanofi-Aventisは、アメリカのバイオテクノロジー会社Genzymeを買収しました。Sanofi-Aventisは敵対的買収を仕掛け、最終的にGenzymeの買収に成功しました。

この買収では、Genzymeが過去に製薬工場でウイルス汚染の問題を抱えていたため、Sanofiは買収代金の一部をアーンアウト条項として設定しました。具体的には、M&A成立時に1株当たり74ドルを支払い、Genzymeが特定の指標目標を達成した場合には追加で1株当たり14ドルを支払うという条件が付けられました。

最終的にGenzymeは目標を達成できず、追加対価は支払われませんでしたが、この事例は、リスク管理の一環としてアーンアウト条項がどのように利用されるかを示しています。

CreoMedicalによるAlbynMedical買収

2020年7月、医療機器メーカーCreoMedicalグループは、消化器科、泌尿器科、内視鏡製品を供給するAlbyn Medical S.L.を買収しました。買収総額は2,480万ユーロでしたが、アーンアウト条項により、今後2年間の業績に応じて最大270万ユーロの追加対価が設定されました。

この買収は、世界的なコロナ流行の中で行われ、医療機器メーカーとしての業績が不確実であるため、アーンアウト条項が導入されました。この事例は、業績の不確実性が高い状況下で、アーンアウトを利用してリスクを管理しつつ、将来の成長を期待する方法を示しています。

MastercardによるFinicity買収

2020年6月、マスターカードは金融データ企業のFinicityを8億2,500万ドルで買収することを発表しました。契約時の報酬に加えて、アーンアウト条項により、Finicityの既存株主は業績目標が達成された場合に最大1億6,000万ドルの追加報酬を受け取ることができる条件が設定されました。

この買収では、Finicityがフィンテック分野での成長を続けることを期待しており、アーンアウト条項がその成長を評価する手段として機能しています。この事例は、既存企業が新興企業を買収する際に、将来の業績に基づく追加対価を設定することで、買収価格の妥当性を確保する方法を示しています。

以上の事例からわかるように、アーンアウトは国内外のさまざまなM&A取引において、買い手企業と売り手企業の双方にとって有益な手段として活用されています。これらの事例を通じて、アーンアウトの実際の効果とその運用方法を理解することができます。

アーンアウトの会計処理

アーンアウト条項を含むM&A取引は、会計処理の観点からも特別な取り扱いが必要となります。アーンアウトによる追加対価の支払いは、取引の発生時点だけでなく、将来の業績に基づいて決定されるため、その会計処理は複雑で多岐にわたります。ここでは、日本基準(JGAAP)と国際会計基準(IFRS)のそれぞれにおけるアーンアウトの会計処理方法について詳しく解説します。

日本基準の会計処理

日本基準(JGAAP)では、アーンアウト条項に基づく追加対価の会計処理は、企業結合に関する会計基準(企業会計基準第21号)に従って行われます。この基準では、条件付き取得対価(アーンアウト)の取り扱いについて、以下のように規定されています。

条件付き取得対価の認識

日本基準では、アーンアウト条項に基づく条件付き取得対価は、取得時点では未確定のため、取得原価として一括で認識されません。代わりに、売り手企業が設定された業績目標を達成した時点で、その追加対価が確定します。この時点で、追加対価は「のれん」として認識され、取得原価に追加されます。

会計処理のタイミング

企業結合会計基準第27項によれば、条件付き取得対価は、その交付または引渡しが確実となり、その時価が合理的に決定可能となった時点で会計処理を行います。つまり、売り手企業が業績目標を達成し、追加対価の支払いが確定した段階で、その金額をのれんとして計上します。

のれんの調整

アーンアウトによる追加対価が確定し、その金額がのれんとして認識された後、当初の想定との差額については、事後的に調整されます。具体的には、業績目標が達成されなかった場合、追加対価は支払われず、特段の会計処理は発生しません。

このように、日本基準では、アーンアウト条項による対価は、実際の業績に基づいて確定した時点で認識されるため、取引の初期段階では未確定の負債として計上されません。これにより、会計処理がシンプルで分かりやすくなる一方で、将来の会計処理に備えて注意が必要です。

IFRS基準の会計処理

国際会計基準(IFRS)におけるアーンアウトの会計処理は、日本基準とは異なるアプローチを取ります。IFRSでは、アーンアウト条項による追加対価は、企業結合時点で公正価値として認識され、将来の変動についても継続的に評価されます。

条件付き取得対価の認識

IFRS第3号「企業結合(IFRS 3)」では、取得企業は条件付き対価の取得日公正価値を、被取得企業との交換で移転された対価の一部として認識しなければならないと規定しています。つまり、企業結合の成立時点で、将来支払う可能性のある追加対価を含めた総額を公正価値で評価し、一括して負債または資本として計上します。

公正価値の継続的な評価

IFRS 3の第58項によれば、取得日以降も条件付き対価の公正価値を継続的に評価し、毎期末に見直します。公正価値の変動は、当期純利益として認識されます。具体的には、売り手企業が設定された業績目標を達成した場合、追加対価の支払い義務が増加し、その増加分は当期の損益に反映されます。

のれんの取り扱い

IFRSでは、アーンアウト条項に基づく追加対価が発生した場合、その金額は初期ののれん計上時に含まれているため、追加対価によるのれんの再調整は行われません。代わりに、公正価値の変動分が損益計算書に直接反映されます。

このように、IFRS基準では、アーンアウト条項に基づく追加対価を初期段階から公正価値として認識し、その後の変動を継続的に評価するため、より動的な会計処理が求められます。これにより、将来の業績に基づく対価の変動が迅速に会計に反映され、企業の財務状況がより正確に表現されます。

日本基準とIFRS基準の違いを理解することで、国際的なM&A取引におけるアーンアウトの会計処理を正確に行い、適切な財務報告を実現することができます。各基準の特性を踏まえて、企業は自社の状況に最適な会計処理を選択することが重要です。

アーンアウト導入時の留意点

アーンアウト条項は、買い手企業と売り手企業の双方にとって有益なツールですが、導入にあたっては慎重な設計が求められます。特に、評価指標の設定、評価期間の設定、再売却に関する制約などの要素については、事前に十分な検討が必要です。これらの要素が適切に設定されないと、期待された効果が得られないだけでなく、トラブルの原因となることもあります。以下に、それぞれの留意点について詳しく解説します。

評価指標の設定

アーンアウト条項を導入する際の最初の重要なステップは、適切な評価指標を設定することです。評価指標は、売り手企業が達成すべき具体的な目標を示し、それに基づいて追加対価が支払われるかどうかが決まります。評価指標の設定においては、以下の点に留意する必要があります。

財務指標の選定

最も一般的な評価指標は財務指標です。売上高、粗利、営業利益、純利益、EBITDA(利払い前・税引前・減価償却前利益)などがよく使用されます。これらの指標は、企業の業績を客観的に評価できるため、広く採用されています。

特にEBITDAは、設備投資の影響を排除して企業の収益力を測定できるため、グローバルなM&A取引において頻繁に利用されます。また、売上高は操作が難しく、比較的分かりやすい指標として利用されることが多いです。

非財務指標の活用

財務指標に加えて、非財務指標も評価指標として設定されることがあります。例えば、新規顧客の獲得数、アクティブユーザーの数、顧客満足度、顧客の離脱率、社内規定の整備などです。これらの指標は、企業の成長や市場での評価を反映するために有用です。

評価指標の客観性と操作性

評価指標は客観的で、操作が難しいものであることが望ましいです。売り手企業が目標達成のために財務データを操作するリスクを最小化するために、評価基準の透明性と明確性を確保する必要があります。また、評価指標の定義や計算方法について、買い手企業と売り手企業の間で明確に合意しておくことが重要です。

評価期間の設定

評価期間の設定は、アーンアウト条項の成功において極めて重要な要素です。評価期間は、売り手企業が設定された目標を達成するための時間枠を示します。

適正な期間の設定

評価期間は短すぎても長すぎても問題があります。短すぎると、売り手企業が目標を達成するための十分な時間が確保できず、アーンアウトの目的が達成されません。一方で、評価期間が長すぎると、将来的な予測が困難になり、外部環境の変化によって目標達成が不確実になります。

一般的な評価期間

多くのアーンアウト条項では、評価期間は1〜3年と設定されることが一般的です。この期間は、企業が中期的な業績を評価するのに適しており、外部環境の変動による影響をある程度予測可能にします。評価期間の設定にあたっては、売り手企業と買い手企業の合意が不可欠です。

外部要因の影響

評価期間中に予測できない外部要因が発生することもあります。景気動向、自然災害、パンデミックなどの要因は、企業の業績に重大な影響を与える可能性があります。これらの要因を考慮に入れた柔軟な評価期間の設定や、評価指標の見直しを可能にする条項を契約に含めることも検討すべきです。

再売却に関する制約

アーンアウト条項を導入する際には、買い手企業が売り手企業を第三者に再売却する場合の取り扱いについても明確にしておく必要があります。再売却に関する制約を設けることで、売り手企業の権利を保護し、公平な取引を実現します。

再売却の禁止

一部のアーンアウト条項では、買い手企業が売り手企業を再売却することを禁止する条項を設けることがあります。これにより、売り手企業が設定された目標を達成するまでの間、買い手企業が売り手企業を所有し続けることを確保します。売り手企業は安心して業績目標の達成に集中することができます。

再売却時の対価支払い義務

再売却が避けられない場合には、買い手企業が再売却する際に、売り手企業に対して事前に対価を支払う義務を設けることも考慮されます。これにより、売り手企業が追加対価を受け取る機会を失うことを防ぎます。

再売却に関する交渉

再売却に関する制約を設ける場合、買い手企業と売り手企業の間で詳細な交渉が必要です。再売却の条件や対価支払いのタイミング、評価指標の変更など、双方の合意を得ることが重要です。適切な再売却条項を設定することで、双方の利益を保護し、公平な取引を実現します。

アーンアウト条項を導入する際には、これらの要素について慎重に検討し、詳細な契約内容を設定することが求められます。適切な評価指標と評価期間の設定、再売却に関する制約を明確にすることで、アーンアウトの成功を確保し、買い手企業と売り手企業の双方にとって有益な取引を実現することができます。

まとめ: アーンアウトを活用してM&Aを成功させよう!

アーンアウト条項は、M&A取引におけるリスク管理と利益最大化のための有効なツールであり、その導入は取引の成功に大きく寄与します。評価指標の適切な設定や評価期間のバランス、再売却に関する制約の明確化など、細部にわたる配慮が求められます。適切な財務指標や非財務指標を選定し、客観性と操作困難性を確保することが重要です。また、評価期間は短すぎず長すぎず、適正な期間を設定し、外部要因の影響を考慮する必要があります。さらに、再売却に関する制約を明確に設定することで、売り手の権利を保護し、取引の透明性を確保することが求められます。

アーンアウト条項の導入は、M&A取引において双方の信頼関係を強化し、将来の不確実性に対するリスクを緩和するための効果的な手段です。今後もグローバルなM&A市場において、アーンアウト条項の重要性は増していくことでしょう。本記事を通じて、アーンアウトの基本から具体的な運用方法までの理解が深まることを願っています。アーンアウトを効果的に活用することで、企業はより安定した成長を遂げ、成功するM&A取引を実現できるでしょう。

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