跡継ぎは後継ぎと違う?違い・選び方・必要な資質を解説!

事業承継は、企業の存続や成長を左右する重要なテーマです。その中でも、「跡継ぎ」と「後継ぎ」という言葉は混同されやすいですが、それぞれに異なる意味があり、事業承継の方法や成功の鍵を理解する上で重要な役割を果たします。特に中小企業において、跡継ぎの選定や育成は、親族内承継、従業員承継、第三者承継といった多様な選択肢の中から慎重に検討されるべき課題です。

本記事では、「跡継ぎ」と「後継ぎ」の違いを明確にし、跡継ぎを成功させるために必要な選び方や資質、外部サービスの活用法を解説します。これから事業承継に取り組む方にとって、計画的な準備と適切なサポートが不可欠であることが分かる内容になっているのでぜひ参考にしてください。

この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)

跡継ぎと後継ぎとは?その違いを解説

事業承継を考える際、よく耳にする「跡継ぎ」と「後継ぎ」という言葉。どちらも事業や地位を引き継ぐという意味で使われることが多いですが、実はその内容には明確な違いがあります。ここでは、両者の定義を解説し、歴史的背景や現代の事業承継の複雑化がそれぞれにどのような影響を与えているかを考察します。

跡継ぎとは

跡継ぎとは、相続を含む家督の継承を指します。家督とは、相続されるべき財産、事業、権利関係などを意味し、跡継ぎはこれらを次世代に引き継ぐ役割を担います。かつての日本では、一家の長男が家族や一族を代表する家督を継ぐ「跡継ぎ」としての役割を果たすのが一般的でした。このような制度的背景は、家父長制と呼ばれる封建的な社会構造の中で発展し、家業や財産が家族内で受け継がれることが社会的にも当然の流れとされてきました。

しかし、現代では家族構造や社会的価値観の変化、少子高齢化による出生数の減少が、この跡継ぎの伝統的な形を大きく変えました。例えば、一家に子供が一人もいない場合や、子供が事業を引き継ぐ意思を持たない場合など、従来の跡継ぎの考え方が通用しないケースが増えています。また、M&A(企業の買収・合併)によって外部の第三者に事業を引き継ぐケースが増加していることも、跡継ぎの概念に新たな意味を加えています。

後継ぎとは

一方、「後継ぎ」とは、前任者の後を引き継ぐことを意味します。後継ぎは、特に地位や役職、事業そのものを引き継ぐ際に使われる言葉であり、相続そのものを前提としない点が跡継ぎとの主な違いです。例えば、企業内での役員交代や、学問や技術を受け継ぐ場面で「後継ぎ」という言葉が用いられます。

後継ぎの選定は、相続の有無に関係なく、能力や適性、経験を基準として行われることが多く、血縁関係に縛られないことが特徴です。特に現代のビジネス環境では、企業や組織の成長を維持するために、より専門性が高く経営に適した人物が後継ぎとして選ばれる傾向があります。そのため、「後継ぎ」は広義において跡継ぎを含む概念とも言えますが、相続者としての意味合いが薄い点で区別されています。

跡継ぎと後継ぎが混同される理由

跡継ぎと後継ぎは、いずれも「継ぐ」という行為に関連する言葉であり、日常会話やビジネスの場面ではしばしば混同されがちです。その主な理由として、以下の点が挙げられます。

用語の使用例の曖昧さ

「跡継ぎ」という言葉は、特に親族内での事業承継や家督の相続を指す際に使われますが、「後継ぎ」という表現が同じ意味で用いられる場合もあります。例えば、ある企業の役職者が退任し、新たなリーダーが指名された場合に「跡継ぎ」と表現されることがあります。このような用法が一般化しているため、両者の違いが意識されることは少なくなっています。

現代における事業承継の複雑化

現代の事業承継は、従来のように家族内で完結するケースが減少し、多様な選択肢が生まれています。親族内承継、従業員への承継、第三者承継(M&A)など、事業を引き継ぐ方法が多岐にわたるため、「跡継ぎ」と「後継ぎ」の使い分けが一層曖昧になっています。特に、親族以外の第三者が事業を引き継ぐ場合、「跡継ぎ」よりも「後継ぎ」という言葉が使用される傾向があります。

さらに、経営者自身が事業承継に関する計画を十分に立てていない場合、「跡継ぎ」の育成に必要な期間(5〜10年)が確保されず、急場しのぎで「後継ぎ」を選ばざるを得ない状況に陥ることがあります。これにより、「跡継ぎ」と「後継ぎ」の違いが見えにくくなり、結果として混同されてしまうのです。

日本企業が抱える跡継ぎ・後継ぎ問題

日本の中小企業にとって、事業承継は避けて通れない経営課題です。特に後継者問題は深刻であり、多くの企業が「跡継ぎ」や「後継ぎ」の不在に直面しています。企業の未来を左右するこの問題は、日本経済全体に大きな影響を及ぼす可能性があります。ここからは、中小企業の後継者不足の現状と、それに伴うリスクについて解説します。

中小企業の後継者不足の現状

中小企業においては、特に後継者不足が深刻です。ここでは、その現状を確認していきましょう。

統計データで見る現状

日本の中小企業の多くが後継者不足という深刻な問題を抱えています。帝国データバンクや東京商工リサーチの調査によると、中小企業の約60%が後継者不在という状況にあります。これは、日本の中小企業の大半が、将来的に誰が経営を引き継ぐかを決められていないことを示しています。

この統計が示す通り、後継者問題は中小企業経営において喫緊の課題となっています。また、経営者の平均年齢が年々上昇していることも問題を深刻化させています。経済産業省のデータによると、経営者の平均年齢は約60歳を超えており、事業承継のタイミングを迎えている企業が増加しています。経営者が高齢化する中で、適切な跡継ぎが見つからないまま引退時期を迎える企業が増える一方です。

高齢化による事業承継の課題

日本の少子高齢化は、事業承継問題をさらに悪化させる要因となっています。家族経営が多い中小企業では、かつては親族内での跡継ぎが一般的でした。しかし、近年では以下のような理由から親族内承継が難しくなっています。

  • 子どもの数が減少し、適任者がいない
  • 子どもが事業を継ぐ意思を持たない
  • 都市部への移住や他業種での就業を希望する子どもが増加

結果として、親族以外の従業員や第三者を候補者として選ぶ必要があるケースが増加しています。しかし、これには多くの準備と時間が必要であり、スムーズに進むとは限りません。経営者の高齢化と後継者不在が重なることで、多くの企業が廃業の危機に直面しているのが現状です。

跡継ぎ不在のリスク

次に、跡継ぎが不在であることにはどのようなリスクがあると考えられるかを解説していきます。

廃業の増加

後継者不在は、企業の廃業リスクを大幅に高めます。事業承継が行われない場合、経営者の引退と同時に企業そのものが存続できなくなるためです。特に地方の中小企業では、跡継ぎが見つからないことを理由に廃業するケースが相次いでいます。

中小企業庁の調査によると、年間約3万社が廃業しており、その理由の多くが「後継者不在」とされています。さらに、これらの企業が廃業することで失われる経済的価値は、年間で22兆円以上と推計されています。これには、地域の雇用や税収、取引先企業への波及効果も含まれています。跡継ぎがいないという理由で、将来有望な事業が途絶えてしまうのは、企業経営だけでなく日本全体の経済にとっても大きな損失です。

地域経済への影響

跡継ぎ不在による廃業は、特に地域経済に深刻な影響を与えます。地方の中小企業は、その地域の経済基盤を支える重要な存在です。以下のような影響が挙げられます。

  • 雇用の喪失: 地域住民の雇用を支えていた企業が廃業すると、失業率の上昇や人口減少を招きます。特に過疎地域では、1つの企業の廃業が地域全体の衰退につながることも少なくありません。
  • 産業の空洞化: 地場産業を支える中核企業が消滅することで、地域の産業自体が成り立たなくなる可能性があります。例えば、農業や漁業、伝統工芸など、地域特有の産業が継承されずに途絶える事例が増えています。
  • 地域活力の低下: 地域経済の活性化に貢献していた企業がなくなることで、地域全体の活力が失われ、住民の生活水準や地域サービスが低下する恐れがあります。

このように、跡継ぎ不在によるリスクは、単なる企業の問題にとどまらず、社会全体に波及する可能性が高いのです。

跡継ぎの選び方:誰を選ぶべきか?

跡継ぎを選ぶことは、企業の未来を左右する重要な決断です。事業承継の方法はさまざまありますが、それぞれの選択肢には特有の利点と課題が存在します。ここからは、跡継ぎ候補として考えられる3つの選択肢と、それぞれのメリット・デメリットについて解説します。また、跡継ぎ選定時に考慮すべきポイントについても触れていきます。

跡継ぎ候補の3つの選択肢

跡継ぎを選ぶ際、企業が検討すべき主な選択肢は以下の3つです。

親族内承継

親族内承継は、現経営者の子どもや親族が事業を引き継ぐ方法です。これは日本の伝統的な事業承継の形態であり、特に家族経営の企業では今でもよく選ばれる方法です。

従業員への承継

従業員への承継は、親族以外の役員や従業員など、内部の人材に経営を引き継ぐ方法です。この方法は、長年企業で働き、経営の方針や業務内容を熟知している人材を後継者として選ぶ点で優れています。

第三者への承継

第三者への承継は、親族や従業員に適切な後継者が見つからない場合に、外部の人材や企業に事業を引き継ぐ方法です。M&Aを活用して他社に事業を売却し、経営を引き継ぐケースが一般的です。

各選択肢のメリット・デメリット

それぞれの選択肢には固有の利点と課題があります。以下で見ていきましょう。

親族内承継:家族間の利点と問題点

まずは親族内承継について解説します。

メリット

  1. 早期からの育成が可能: 跡継ぎ候補者が子どもなど親族の場合、若いうちから計画的な育成が可能です。現経営者の近くで経営を学び、事業理念や価値観を自然に受け継ぐことが期待されます。
  2. 関係者からの理解を得やすい: 親族が引き継ぐことで、従業員や取引先、金融機関などの関係者が受け入れやすい傾向があります。
  3. 財産と経営の一体的承継: 株式や事業資産を一括して引き継ぎやすい点も大きな利点です。

デメリット

  1. 資質や意欲の不足: 必ずしも親族が経営者としての資質や意欲を持っているとは限りません。これが「継がす不幸」となるリスクを伴います。
  2. 相続問題: 他の親族との間で、財産や株式の分配を巡る争いが起きる可能性があります。
  3. 世襲批判: 社外のステークホルダーから「世襲経営」として否定的に捉えられる場合もあります。

従業員承継:内部候補の育成とリスク

次に従業員承継について解説します。

メリット

  1. 企業文化の継続性: 長年会社で働いてきた従業員が後継者になることで、企業文化や経営方針を維持しやすくなります。
  2. 実績に基づく人選: 候補者の業務能力や適性を直接評価したうえで選べるため、リスクが軽減されます。
  3. スムーズな移行: 社内事情をよく理解しているため、外部から人材を招く場合に比べて円滑な移行が期待されます。

デメリット

  1. 適切な人材が見つからない可能性: 社内に後継者として適任な人材がいない場合も多く、候補者の発掘が難航することがあります。
  2. 資金面の問題: 従業員承継の場合、株式や経営資産を引き継ぐ際に大きな資金が必要になるため、候補者にとって大きな負担になることがあります。
  3. ステークホルダーの同意: 株主や取引先からの承認を得る必要があるため、合意形成に時間がかかることがあります。

第三者承継:M&Aの活用と新しい可能性

最後に、第三者承継について解説していきましょう。

メリット

  1. 適任者の幅広い選択肢: 外部の人材や企業を対象にするため、より優秀な後継者を見つけやすい。
  2. 事業の発展が期待できる: 買い手企業とのシナジー効果により、新たな成長の可能性が生まれることがあります。
  3. オーナーの負担軽減: 前経営者が個人保証や負債から解放され、現金化できる点も大きなメリットです。

デメリット

  1. 社内文化との融合の難しさ: 外部の後継者が企業文化に適応できず、従業員や取引先との軋轢を生む可能性があります。
  2. 候補者選びの難航: 自社に適した買い手を見つけるには、多くの時間とコストがかかります。
  3. 事業の方向性の変化: M&Aにより、新しい経営者が事業の方向性を大きく変更するリスクもあります。

跡継ぎ選定時に考慮すべきポイント

跡継ぎを選定する際は、以下のポイントを慎重に検討する必要があります。

経営能力と適性の判断基準

跡継ぎを選ぶ際には、候補者の経営能力や適性を見極めることが最優先です。具体的には以下の点を評価する必要があります。

  • リーダーシップ: 組織を引っ張る力と周囲をまとめる能力があるかどうか。
  • 実務能力: 経営者として必要な決断力、分析力、マーケティング力を持ち合わせているか。
  • 人間性: ステークホルダーや従業員から信頼される資質を備えているか。

特に経営者の近くで働く経験を通じて、経営課題への対処法を学ぶ機会を与えることで、候補者の実力を見極めることができます。

候補者の意思確認と合意形成

候補者が跡継ぎとしてふさわしいとしても、その意欲がなければ意味がありません。候補者の意思を確認し、承継に対する心構えを共有することが重要です。特に親族内承継では、後継者の意思を軽視して押し付けるケースが見られますが、これでは跡継ぎの育成がうまく進みません。

また、従業員承継や第三者承継では、候補者と現経営者、さらにステークホルダーとの合意形成が必要不可欠です。これにより、跡継ぎ移行時のトラブルを最小限に抑えることができます。

跡継ぎに求められる資質と能力

跡継ぎを選ぶ際には、候補者が経営者としてどのような資質や能力を持っているかを見極めることが重要です。経営者に求められる能力は多岐にわたり、その中には育成可能なものと難しいものがあります。ここでは、跡継ぎに求められる基本的な能力を整理し、育成の可能性や難しさについて解説します。

経営者に必要な基本的な能力

経営者は企業のトップとして、多様な課題に対処し、組織を導く能力が求められます。跡継ぎ候補者には、特に以下の基本的な能力が必要不可欠です。

論理的思考力と実務経験

経営者にとって、論理的思考力は課題解決や意思決定の基盤となる重要な能力です。企業経営では、毎日のように難しい判断を求められます。その際、感情に流されず、客観的かつ合理的に物事を分析・判断する力が求められます。

また、これを支えるのが実務経験です。現場での経験を通じて培われる実践的なスキルや、業界特有の知識が経営の成功には欠かせません。たとえば、社内のさまざまな部署を経験することで、事業全体の流れを理解し、経営に必要な俯瞰的視点を養うことができます。

マネジメント能力とリーダーシップ

跡継ぎには、組織を統率するマネジメント能力と、組織を先導するリーダーシップが求められます。従業員や取引先など多くの関係者と信頼関係を築き、企業の目標達成に向けて組織を動かす力が必要です。

リーダーシップは、単に指示を出すだけではありません。組織のメンバーを動機づけ、共通の目標に向かって一致団結させるカリスマ性も重要です。特に中小企業では、経営者の人格や行動が従業員のモチベーションに直接影響するため、これらの能力が不可欠といえます。

育成可能な能力

跡継ぎ候補者がすべての能力を最初から備えていることは少なく、特定の能力は育成を通じて伸ばすことが可能です。

経営能力の育成方法

経営能力は、実際の経験を通じて磨かれます。たとえば、以下の方法が有効です。

  • 現場での経験: 社内のさまざまな部署をローテーションで経験させることで、事業全体を理解する力を養います。
  • 経営者のサポート役: 現経営者の近くでアシスタント的な役割を担うことで、経営に必要なスキルや判断力を間近で学ぶ機会を提供します。
  • 外部派遣: グループ会社や関連企業に派遣することで、経営課題に直接取り組む経験を積ませます。

外部研修やセミナーの活用

外部の専門的な研修やセミナーも、候補者の能力を伸ばすために非常に効果的です。たとえば、以下のようなプログラムを活用することで、短期間で知識やスキルを身につけることができます。

  • MBAプログラム: 経営学や戦略的思考を体系的に学ぶ場として適しています。
  • リーダーシップセミナー: 組織運営や人材管理に関する最新のノウハウを学べます。
  • 業界特化型セミナー: 業界特有の課題やトレンドに対応するスキルを習得できます。

これらの外部研修は、内部では得られない視点やネットワークを提供するため、跡継ぎ候補者にとって大きな成長の機会となります。

育成が難しい能力

一方で、育成が難しい能力も存在します。これらは、後天的に教え込むことが難しく、候補者がもともと持ち合わせているかどうかが重要です。

覚悟と責任感

経営者には、企業のトップとしての覚悟と責任感が必要です。経営を引き継ぐということは、従業員や取引先、さらにはその家族に至るまで多くの人々の生活を背負うことを意味します。この覚悟がないまま経営に携わると、企業が直面する困難に対処できず、結果的に事業が失敗するリスクを高めます。

覚悟や責任感は、育成を通じて完全に身につけるのは難しいとされています。若い頃の経験や人間的な成長が大きく影響するため、候補者選定時点でしっかりと見極める必要があります。

経営理念への共感と人間性

経営理念への共感もまた、候補者が自然に持ち合わせているかどうかが重要です。経営者として、企業の価値観や目標に深く共感し、それを軸に経営を進めていける人物でなければなりません。特に、理念が共有されていないと企業の方向性がぶれてしまい、従業員やステークホルダーからの信頼を失う可能性があります。

さらに、人間性も経営者の資質として重要です。リーダーとしての責任感、決断力、そして人望は、一朝一夕では身につけられません。これらは、生まれ持った特性や育ってきた環境による部分が大きく、育成でカバーするには限界があります。特に、組織のトップとして人を惹きつけるカリスマ性は、経営者選びにおいて大きな基準となります。

跡継ぎ選びで失敗しないための注意点

跡継ぎ選びは、企業の未来を左右する重要なプロセスです。しかし、選定や準備を誤ると、事業の継続が困難になるばかりか、最悪の場合、経営破綻や廃業につながるリスクもあります。ここでは、跡継ぎ選びで失敗を防ぐために重要なポイントとして、「移行期間の重要性」「資質や能力の見極め」「親族内承継での相続問題」について解説します。

移行期間の重要性

跡継ぎ選びで失敗しないためには、十分な期間を設けて引き継ぎをしていくことです。

跡継ぎ育成に必要な期間(5〜10年)

跡継ぎを育成するには、通常5〜10年の期間が必要だとされています。この期間は、候補者に経営者として必要な知識やスキルを身につけさせ、経営の実務を経験させるための最低限の時間です。特に中小企業では、跡継ぎ候補が現場を知り、経営課題に対応できるようになるには長期的な視点での準備が欠かせません。

例えば、社内の各部門をローテーションで経験させたり、現経営者の近くで補佐的な役割を担わせたりすることで、事業全体を理解する力や経営判断力を養うことが可能です。このプロセスを短縮しようとすると、後継者が十分なスキルを習得できず、経営がスムーズに引き継がれないリスクが高まります。

計画的な準備の必要性

事業承継は突発的に行うものではなく、計画的な準備が成功の鍵です。跡継ぎ候補を選定し、その育成計画を立てるためには、現経営者が早い段階から承継の必要性を認識し、具体的な行動を開始する必要があります。

計画的な準備が欠けると、以下のような問題が生じる可能性があります。

  • 後継者のスキル不足による経営不振
  • 突然の交代による従業員や取引先の混乱
  • 事業承継に必要な法務や税務の手続きが間に合わない

このため、事業承継を見据えた長期的な視点での計画が不可欠です。

資質や能力の見極め

さらに、経営者としての資質や能力があるかも見極める必要があります。

適切な人選を怠った場合のリスク

跡継ぎを選ぶ際、候補者の資質や能力を適切に評価しないと、重大な経営リスクを招く可能性があります。例えば、後継者が経営判断力やリーダーシップを欠いている場合、以下のような問題が発生することがあります。

  • 経営の混乱: 不適切な経営判断が事業の安定を損なう。
  • 従業員の士気低下: リーダーとしての資質が不足している場合、従業員からの信頼を失い、離職者が増加する。
  • 取引先との関係悪化: 経営者の能力不足により、取引先からの信用を失う可能性がある。

これを防ぐためには、後継者候補の能力を慎重に見極めることが必要です。特に、経営経験がない場合でも、候補者が成長する意欲やポテンシャルを持っているかを判断する視点が重要です。

従業員や取引先との関係維持

跡継ぎの選定が適切でない場合、従業員や取引先との関係維持にも支障をきたすことがあります。従業員は新しい経営者に対して不安を抱くことがあり、信頼関係が構築できなければ組織全体の士気が低下します。また、取引先も新経営者への対応を慎重に見極めるため、適切なコミュニケーションを通じて信頼を確立する必要があります。

跡継ぎ候補者がこれらの関係を良好に保つ能力を備えているかを、事前に評価することが重要です。

親族内承継で注意すべき相続問題

親族内承継を検討している場合には相続の問題も十分に検討しておく必要があります。

相続税の負担と対策

親族内承継では、事業承継時に相続税が発生する場合があります。特に、事業資産や株式の相続には多額の税金が伴うことが一般的です。この負担が後継者に重くのしかかると、事業資金の流動性が失われ、経営が立ち行かなくなるリスクがあります。

この問題を回避するためには、税理士や会計士と連携し、以下のような相続税対策を講じる必要があります。

  • 事業承継税制の活用: 中小企業が条件を満たす場合、相続税や贈与税の納税が猶予される制度を利用する。
  • 資産の事前分配: 親族間での財産分与を計画的に進める。

親族間の争いを避けるための方法

親族内承継では、経営権や財産を巡る親族間の争いが発生する可能性もあります。後継者以外の相続人がいる場合、経営権や財産の分配に不満を持つケースが少なくありません。これを防ぐには、次のような方法が有効です。

  • 親族会議の実施: 全ての相続人を交えた親族会議を開き、承継の詳細について透明性のある話し合いを行う。
  • 専門家の仲介: 弁護士や税理士など、第三者の専門家を交えて、客観的かつ公平な分配を目指す。

こうした準備が不十分だと、親族内の対立が深刻化し、事業承継が円滑に進まないリスクがあります。

跡継ぎを成功させるための具体的なステップ

跡継ぎを成功させるには、事前の計画と準備、そして候補者の育成を慎重かつ計画的に進めることが不可欠です。これに加え、社内外のステークホルダーと円滑なコミュニケーションを図り、全体の合意を得るプロセスが重要です。ここからは、「承継計画の立案」「跡継ぎ候補者の育成プロセス」「社内外との調整」という3つのステップを中心に、その具体的な方法を解説していきましょう。

承継計画の立案

まずは承継計画を策定しましょう。

現経営者がやるべき準備

事業承継を成功させるには、現経営者自身が早い段階から計画を立て、準備に取り組む必要があります。特に重要なのは、企業のビジョンや理念を明確にし、それを次世代にどう引き継ぐかを具体的に示すことです。現経営者の役割には以下のようなポイントが含まれます。

  1. 事業の棚卸し
    現在の事業の強みや弱点を分析し、将来に向けて引き継ぐべき要素を整理します。これには、財務状況や市場のポジション、顧客基盤などの詳細な評価が必要です。
  2. 後継者選定の方針策定
    跡継ぎを選ぶ基準を明確にし、候補者に求めるスキルや資質を定義します。親族内承継、従業員承継、第三者承継のいずれを選ぶかも、この段階で方向性を決めることが重要です。
  3. ステークホルダーへの説明準備
    承継計画がステークホルダーにどのような影響を及ぼすかを事前に検討し、説明する準備を進めます。

跡継ぎ候補者の早期選定

跡継ぎ候補者の選定は、事業承継の成功を左右する重要なプロセスです。候補者が育成に必要な時間(5〜10年)を確保できるよう、早期に選定を行いましょう。選定時には以下を考慮する必要があります。

  • 候補者の経営能力や適性
  • 経営理念や企業文化への共感度
  • 従業員や取引先との関係構築能力

早期に選定することで、育成期間を十分に確保し、移行を円滑に進めることができます。

跡継ぎ候補者の育成プロセス

次に、跡継ぎ候補を育成します。

実務経験と全社的な視野の醸成

跡継ぎ候補者が企業全体を理解し、経営者としての視野を持つためには、計画的な実務経験が必要です。以下の方法が効果的です。

  • 部門ローテーション
    候補者に営業、製造、管理など社内の主要部門を経験させ、全社的な視点を養わせます。この過程で、現場の課題や従業員の意見を理解する力が培われます。
  • 経営補佐役への配置
    候補者を現経営者のサポート役に配置し、経営の意思決定プロセスを直接学ばせます。この役割を通じて、実務能力やリーダーシップが磨かれます。
  • 小規模プロジェクトの責任者としての経験
    実際のプロジェクトを任せることで、候補者の意思決定力やリーダーシップを実践的に向上させます。

外部専門家の支援を受けるメリット

候補者の育成には、外部の専門家や研修プログラムを活用することも重要です。以下はそのメリットです。

  • 専門知識の習得
    外部研修やセミナーを通じて、経営戦略、財務管理、マーケティングなどの知識を体系的に学ぶことができます。
  • 視野の拡大
    他企業の後継者と交流する機会を持つことで、自社だけでは得られない新たな視点を学ぶことができます。
  • 成長の加速
    現場では経験できない課題に取り組むことで、候補者の成長を加速させることができます。

社内外との調整

社内外で跡継ぎの調整をしておくことも重要です。

ステークホルダーへの説明と合意形成

跡継ぎを円滑に進めるためには、社内外のステークホルダー(従業員、取引先、株主、金融機関など)の理解と協力が不可欠です。具体的には、以下の手順で合意形成を進めます。

  1. 説明会の開催
    跡継ぎ候補者の選定理由や今後の計画について透明性を持って説明します。特に従業員や取引先には、新しい経営体制に対する信頼を築くための情報提供が重要です。
  2. フィードバックの収集
    ステークホルダーから意見や懸念を聞き取り、計画に反映します。これにより、信頼関係が強化されます。
  3. 広報活動
    取引先や顧客に対しても、経営体制の移行を適切に周知し、混乱を最小限に抑えます。

跡継ぎ移行時のトラブル回避策

事業承継は計画通りに進まないことも多いため、移行時に想定されるトラブルを事前に回避する準備が必要です。以下の点に注意しましょう。

  • 法務・税務の手続きの確認
    事業承継に関連する法務・税務手続きを専門家と協力して進め、相続税や贈与税に関する問題を回避します。
  • リスクマネジメントの策定
    候補者の突然の辞退や健康問題に備え、複数の候補者を考慮するプランBを用意します。
  • 定期的なフォローアップ
    移行期間中、候補者の進捗を確認し、必要に応じて計画を調整します。

事例で学ぶ跡継ぎ成功・失敗のポイント

事業承継の成否は、企業の未来を大きく左右します。成功事例では、計画的な承継が企業の成長や新たな展開をもたらした一方で、失敗事例では、準備不足や人選ミスが深刻な課題を引き起こしています。ここでは、成功と失敗の事例を比較し、それぞれのポイントを解説します。

成功事例:計画的承継がもたらすメリット

まずは、計画的な事業承継がもたらすメリットを事例を通じて紹介していきましょう。

従業員への承継で企業が成長したケース

計画的な従業員への承継は、企業の持続的な成長を可能にする有効な手段です。たとえば、ある老舗製造業では、親族に後継者候補がいないため、長年勤続していた役員を跡継ぎ候補として育成しました。現経営者は5年前から計画的に次期社長としての責任を持たせ、小規模なプロジェクトを任せることで意思決定力を磨かせました。

結果として、この役員は現場経験を活かして経営課題を的確に把握し、従業員との信頼関係も強化されました。また、新しいマーケットへの展開を積極的に進めたことで、企業の売上が前年比20%増加するなど、事業承継を機に企業が成長する成功例となりました。この事例では、候補者選定の段階から育成まで、長期的な視点で計画を実行したことが成功の鍵となりました。

第三者承継で新たな展開を見せた企業

M&Aによる第三者承継が成功した例も少なくありません。たとえば、地方の食品加工会社が、後継者不在のため事業売却を決定しました。この企業はM&A仲介会社を活用してシナジー効果が見込める買い手を探し、最終的に同業の大手企業に事業を引き継ぐことができました。

買い手企業は、自社の流通網を活かして、引き継いだ事業を全国展開しました。その結果、元の経営者は事業の継続と従業員の雇用を確保しつつ、売却益で引退後の生活基盤を確保することができました。この事例では、第三者承継を通じて、企業の新たな成長機会を創出したことが成功要因となっています。

失敗事例:準備不足で起こった課題

次に、事例を通じて事業承継に失敗した場合にどうなるのかをみていきましょう。

親族間のトラブルによる経営混乱

一方、親族内承継がうまくいかなかった事例もあります。ある中小企業では、経営者が引退を目前にして後継者を決めようとしたものの、複数の相続人の間で意見が対立しました。一部の親族は事業に関与していましたが、他の親族は経営に興味を持たず、会社の株式や財産の分配をめぐって争いが発生しました。

最終的に親族間の対立が解消せず、従業員の士気が低下し、主要取引先との関係も悪化しました。この事例では、経営者が早期に親族内での話し合いを行わず、事業承継計画を立てていなかったことが原因で混乱を招きました。相続税対策の欠如も課題となり、経営が大きく傾く結果となりました。

跡継ぎ選定ミスが招いた倒産の危機

跡継ぎの人選ミスが事業に致命的な影響を及ぼした事例もあります。ある中堅企業では、経営者が急病で引退を余儀なくされ、急遽親族の一人を後継者に指名しました。しかし、その跡継ぎ候補者は経営経験がなく、業界や企業の課題に対する知識も乏しい状態でした。

結果として、経営方針の迷走が続き、従業員の離職や取引先の減少が相次ぎました。最終的には資金繰りが悪化し、企業は倒産の危機に直面しました。この事例では、経営者が跡継ぎ候補の資質や能力を慎重に見極めず、突発的に選定を行ったことが失敗の原因でした。

成功と失敗から学ぶポイント

これらの事例から以下のポイントが浮き彫りになります。

  1. 計画的な承継が成功の鍵
    跡継ぎ候補者を早期に選定し、計画的な育成を行うことが事業承継の成功につながります。
  2. ステークホルダーの調整の重要性
    親族内承継の場合は、相続税対策や親族間の合意形成を早期に進める必要があります。第三者承継では、買い手企業との相性やシナジー効果を見極めることが重要です。
  3. 人選ミスを防ぐための慎重な評価
    候補者の資質や能力を的確に評価し、経営者としての適性を見極めることが必要です。人選ミスが最終的に企業存続を危うくする可能性があるため、事前の準備とサポート体制が不可欠です。

跡継ぎ選びを支援する外部サービス

跡継ぎ選びは、企業の未来を左右する重要なプロセスです。しかし、多くの経営者にとって、事業承継や跡継ぎ選びは初めて直面する課題であり、すべてを自力で進めるのは困難です。こうした中で、専門的な知識や経験を持つ外部サービスを活用することは、承継を成功に導く鍵となります。ここからは、M&Aや事業承継コンサルタントの活用方法と、専門家や公的機関から受けられる支援のメリットを解説します。

M&Aや事業承継コンサルタントの活用

跡継ぎを選択するうえでは、コンサルタントなどを上手に活用することにしましょう。

外部サービスの役割と具体例

M&Aや事業承継コンサルタントは、経営者が跡継ぎを選ぶ過程をサポートする専門的な役割を果たします。これらの外部サービスは、以下のような具体的なサポートを提供します。

  1. 候補者の発掘と評価
    M&A仲介会社や事業承継コンサルタントは、外部の後継者候補を見つけるためのネットワークを持っています。親族や従業員に適切な跡継ぎがいない場合でも、第三者承継を視野に入れて最適な候補者を発掘することが可能です。
  2. シナジー効果の分析
    特にM&Aでは、買い手企業との相性やシナジー効果を事前に分析することが重要です。例えば、買い手企業が新たな市場や技術を持つ場合、売り手企業にとってはその強みを活用することで事業の成長を期待できます。
  3. 契約交渉と手続きのサポート
    M&Aプロセスでは、法務や財務の手続きが複雑です。専門家が仲介に入ることで、公平な交渉を進めるだけでなく、スムーズな手続きを実現できます。

具体例として、日本M&AセンターやM&A総合研究所など、多くの実績を持つ仲介業者が事業承継の成功を支援しています。これらのサービスを活用することで、後継者がいないという理由で廃業を選ばざるを得ない企業を救うケースも増えています。

選択肢としてのM&Aの可能性

M&Aは、後継者がいない中小企業にとって、非常に有効な選択肢となり得ます。以下の点が、M&Aを活用する際のメリットです。

  • 幅広い選択肢: 後継者を外部に求めることで、経営能力が高く、自社に新たな価値をもたらす人物や企業を選ぶことができます。
  • 資金の確保: M&Aによって事業を売却することで、経営者は創業者利益を得ると同時に、経営資源を次の段階に引き継ぐことができます。
  • 企業の成長機会: シナジー効果によって新たな市場への進出や技術革新が実現します。

例えば、食品業界や製造業などでは、事業承継が困難な地方の企業がM&Aを通じて大手企業の傘下に入り、全国展開を実現したケースもあります。M&Aは、単なる承継手段にとどまらず、企業の新たな成長機会として活用されるのです。

専門家に相談するメリット

コンサルタントだけでなく、各種専門家にも相談するようにしましょう。

顧問税理士や弁護士のサポート

跡継ぎ選びや事業承継には、税務や法務の複雑な問題が伴います。このような課題に対して、顧問税理士や弁護士の支援を受けることで以下のようなメリットが得られます。

  1. 相続税や贈与税の対策
    親族内承継の場合、相続税が大きな課題となります。顧問税理士は事業承継税制を活用した節税対策や、最適な相続プランの提案を行うことで、税負担を軽減します。
  2. 法務手続きの適切な進行
    弁護士は、株式譲渡や契約書の作成、親族間の紛争の調整など、法的な側面をサポートします。例えば、親族間で経営権を巡るトラブルが発生した場合、弁護士の仲介によって公平な解決が図られます。
  3. 企業価値の適切な評価
    M&Aや第三者承継の場合、税理士や弁護士が企業価値を適切に評価し、公平な取引を進めるためのアドバイスを提供します。

中小企業庁や地方自治体の支援制度

公的機関の支援も、跡継ぎ選びにおいて重要な役割を果たします。中小企業庁や地方自治体は、事業承継を円滑に進めるための様々な支援制度を提供しています。

  1. 事業承継ネットワーク
    中小企業庁が主導する「事業承継ネットワーク」は、地域ごとの窓口を通じて、企業の承継支援を行っています。専門家による無料相談やセミナーの開催など、経営者が気軽に利用できるサポートを提供しています。
  2. 事業承継税制の活用支援
    公的機関は、事業承継税制の活用方法についてアドバイスを行い、税負担を軽減しながら承継を進める手助けをしています。
  3. 地域特化型支援
    地方自治体では、地域の中小企業の存続を支えるための補助金や融資制度を提供しています。たとえば、地方特有の産業を守るために、地場産業向けの専門家を派遣する取り組みが進められています。

おわりに: 跡継ぎを選ぶために必要なステップと注意点を理解しよう!

跡継ぎを選ぶことは、企業の未来を左右する極めて重要なプロセスです。本記事では、「跡継ぎ」と「後継ぎ」の違いを明確にし、それぞれが事業承継において持つ役割について解説しました。また、跡継ぎ候補の選定方法や、候補者に求められる資質、事業承継の成功を支える具体的なステップについても詳述しました。

跡継ぎ選びを成功させるためには、まず「跡継ぎ」と「後継ぎ」の違いを理解し、自社に最適な承継方法を選ぶことが必要です。その選択肢には、親族内承継、従業員への承継、第三者承継などがあり、それぞれにメリットとデメリットがあります。さらに、候補者には経営者としての資質や能力が求められ、特に覚悟や責任感といった育成が難しい要素を重視することが重要です。

また、計画的な準備が成功の鍵を握ります。跡継ぎ育成には5〜10年の時間が必要とされるため、早期の候補者選定と育成計画の実施が不可欠です。さらに、M&Aや事業承継コンサルタント、顧問税理士や弁護士などの専門家の力を借りることで、承継プロセスを円滑に進めることができます。

跡継ぎ選びにおいて、最も避けるべきは準備不足や人選ミスです。これらを防ぐためには、適切な計画と外部支援の活用を通じて、経営者が主体的に動くことが重要です。この記事を参考に、あなたの企業にふさわしい跡継ぎを見つけ、事業承継を成功に導いてください。

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