M&Aは中小企業にとって、成長を加速し新たなビジネスチャンスを獲得するための重要な戦略です。
その中でも「現物出資」は、資金が限られている中小企業が有形・無形資産を活用して、他社と資本関係を築き経営に参画するためのユニークな手法です。
現金を用いずに不動産や機械設備、特許などを出資することで、企業の価値を最大化しつつM&Aを実現できます。
本記事では、現物出資の概要、具体的なメリット、注意点、そして中小企業が現物出資を活用して成功するためのポイントについて解説します。
- この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)
M&Aにおける現物出資とは?
M&Aにおける現物出資は、通常の金銭による出資とは異なり、会社に対して不動産や有価証券、機械設備などの金銭以外の資産を提供して出資する方法です。
この手法は、手元に十分な資金がなくても、資産を活用して出資や経営参画を可能にするため、資金調達や企業の救済など幅広いシーンで活用されています。
ここでは、現物出資とは何か、その具体的な意義やM&Aにおける利用方法、さらに金銭出資との違いについて解説します。
現物出資の概要
M&Aにおける現物出資とは、会社に対して金銭ではなく、不動産や機械設備、有価証券などの「現物」を出資する手法です。これは会社設立時や増資の際に採用される方法であり、資金の代わりに事業に必要な資産を提供することで出資を行います。
特にM&Aにおいては、通常の金銭による買収とは異なり、手元資金が少なくても実施できるため、重要な手段の一つとされています。
M&Aでの現物出資の活用シーンとしては、出資者が手元資金を用意せずに企業に参画したい場合や、買収対象が債務超過である場合などがあります。
また、債権を現物として出資する「デットエクイティスワップ」も、現物出資の一形態であり、買収対象企業の負債を資本に転換し、企業を救済する目的で利用されるケースが多いです。
デットエクイティスワップにより、債権者は債権を株式に転換し、買収先企業の資本構成を改善しつつ、経営への参画も可能になります。
現物出資は金銭出資とは異なり、提供する財産の価値を正確に評価する必要があります。
たとえば、金銭出資は出資額が明確でシンプルですが、現物出資はその財産の価値を適切に評価する手間がかかります。
さらに、裁判所から選任された検査役による価額の調査も必要となる場合があり、評価が困難な点が金銭出資との大きな違いです。
現物出資は、会社に新たな資産を導入しつつ、出資者が経営参画の機会を得る手段としてM&Aで広く活用されており、資金に依存しない柔軟な出資方法として注目されています。
現物出資の対象となる財産と制約
M&Aにおける現物出資は、金銭の代わりに財産や資産を出資する手法です。
ただし、出資できる対象には一定の制約があり、出資可能な資産は譲渡が可能であると同時に、貸借対照表に計上できるものに限られます。
出資される資産は、会社の資産として計上されることで事業活動に活用されるため、現物出資の対象となる財産の種類や制約を理解することは非常に重要です。
ここでは、現物出資の具体的な対象となる財産と、適用条件について説明します。
現物出資が可能な資産の例
現物出資の対象となるのは、不動産や有価証券、機械設備など、会社の事業運営に直接利用できる資産です。具体的には次のようなものが挙げられます。
- 不動産
建物や土地、地上権などが含まれ、これらは会社の事業用資産や投資資産として活用されます。特に不動産は、高い資産価値を持つことから、現物出資によって資本金の大幅な増額にもつながるため、多くの企業が注目する対象資産です。
- 機械設備・有形固定資産
工場や製造業などで利用される生産設備、車両、パソコンなどのOA機器も現物出資の対象となります。これらの資産は、経費の一部として減価償却が可能であり、節税対策としても役立ちます。
- 有価証券
上場株式や債券といった有価証券も現物出資として利用可能です。有価証券は市場での価値が明確であるため評価が容易であり、検査役による価額の確認が省略できる場合もあります。
- 知的財産権
特許権、商標権、著作権なども現物出資の対象に含まれます。知的財産権は企業の技術力やブランド力を強化するために役立つ資産です。
一方で、現物出資ができない財産も存在します。たとえば、労務やノウハウ、また譲渡不可能な財産は現物出資の対象にはなりません。
労務やノウハウは形がないために価額を計算できず、また他社に移転することができないため、法的に認められていません。
また、名義変更ができない預金口座やローンの残債がある資産も現物出資には適しません。
こうした資産は現物出資として認められないため、出資の際には必ず対象資産の内容を確認する必要があります。
現物出資が適用される場面と条件
現物出資は、会社設立時や増資の場面で活用されることが多く、募集株式の発行や特定のM&A手法である「デットエクイティスワップ(DES)」にも用いられます。
- 会社設立時の出資
会社設立時、発起人が現金での資本金準備が難しい場合、所有する資産を現物出資として提供することができます。現物出資によって手元資金が不足していても、会社設立が可能となるため、不動産や機械、知的財産権などの資産を持つ起業家にとっては大変有効な手段です。
- 増資や募集株式発行のケース
会社の資本金を増額する際にも現物出資が利用されます。たとえば、外部からの資本調達が必要な際、現金ではなく有価証券や設備機器などの現物出資を受け入れることで、資本金の増加が図れます。これは、企業にとって財務基盤を強化し、対外的な信用力を高めるための手段として有効です。さらに、新たに発行する株式を対価とする形で、現物出資が行われることもあります。
- 債権を現物出資とするデットエクイティスワップ(DES)
デットエクイティスワップは、債権を株式に転換することで、債権者が株主となり企業に資本参加する手法です。たとえば、金融機関や関連企業が持つ債権を現物出資し、対価として株式を取得することにより、債務者企業を救済し、経営改善を支援することができます。この手法は特に債務超過に陥った企業の再建策として用いられることが多く、資本構成の改善や財務体質の強化に貢献します。DESの場合、一定の条件下で検査役の調査が不要となるため、手続きも簡便化されます。
現物出資の適用には、会社法上で定められた手続きや要件があるため、出資を実施する際には法的な要件をクリアすることが重要です。
M&Aにおける現物出資のメリット
M&Aにおける現物出資には、出資者側と受け入れる企業側の双方にさまざまなメリットがあります。
現物出資は金銭に頼らず資産を出資することで、企業価値の向上や財務体質の改善を実現するため、事業再編や資本強化の手段として広く利用されています。
ここでは、現物出資を行う出資者側と、受け入れる企業側のそれぞれのメリットについて解説します。
出資者側のメリット
まずは出資者側のメリットについて解説していきましょう。
手元資金が少なくても出資可能
現物出資の大きなメリットは、出資者が必ずしも手元に十分な資金を持っていなくても、資産を利用して出資できることです。
特に、資産価値は高いものの流動性が低く現金化が難しい不動産や機械設備などを保有している場合、これらを現物出資として提供することで、資本金の増額が可能となります。
M&Aにおいても、現物出資を活用することで買収先に対する株式を取得し、経営への参画が可能です。資金が限られていても、不動産や有価証券などを現物出資することで、株式を得ると同時に出資する企業への影響力を得られます。
減価償却による節税効果
現物出資によって提供した資産は会社の所有物となり、その多くが減価償却の対象となります。たとえば、パソコンや機械設備などの有形固定資産を現物出資した場合、その資産の耐用年数に基づいて減価償却費として計上することができ、会社の経費として処理できます。
これにより、会社の利益に対する課税対象が減少するため、節税効果を得られるというメリットがあります。
一方で、現金による出資の場合は資産として計上されず、資本金としてのみ反映されるため、経費計上が難しくなります。
したがって、出資した資産を計画的に減価償却することで、税負担を抑えつつ長期的な節税を実現できます。
出資により経営参画が可能
現物出資を通じて株式を取得することで、出資者は出資先企業の株主として経営に参画する機会を得られます。通常の金銭出資と同様、現物出資によって取得した株式には議決権が付与されるため、会社の重要な意思決定に参加することが可能です。
特に、デットエクイティスワップを利用した場合、債権者が株式を持つことで経営陣に対して直接的な影響を与えることができるため、企業の再建や成長戦略に積極的に関与することができます。これは、単なる投資を超えた経営パートナーシップの構築に寄与するメリットであり、現物出資の重要な特長です。
受け入れ企業側のメリット
一方で、受け入れ企業側にも多くのメリットがあります。
債権者からの救済手段(デットエクイティスワップ)
現物出資の一形態であるデットエクイティスワップ(DES)は、債務を株式に転換する手法で、債権者からの救済策として非常に有効です。負債の多い企業や資金繰りが厳しい企業にとっては、デットエクイティスワップによる債務圧縮は大きな財務改善手段です。
債務を株式に変換することで、企業の借入金負担が減少し、財務基盤が強化されるため、会社の成長基盤を整えることができます。
特に、債権者が親会社である場合、グループ内でのデットエクイティスワップによって税務上の優遇を受けられるケースもあるため、企業にとって大きなメリットとなります。
資本強化とバランスシート改善
現物出資は、資産を資本として取り込むことで、企業の資本が増加し、財務体質の強化に貢献します。
たとえば、負債を株式に変換するデットエクイティスワップによって、負債が減少し、資本金が増加すれば、企業のバランスシートは大きく改善されます。
これにより、企業の財務健全性が高まり、対外的な信用力が向上するため、資金調達が容易になるだけでなく、取引先や顧客からの信頼も強化される可能性があります。特に、金融機関からの追加融資が受けやすくなるなど、資本強化によるメリットは企業の成長戦略にも直結します。
キャッシュアウトなしで優良資産を取得
現物出資によって企業はキャッシュアウトすることなく、必要な資産や優良な事業を取り込むことができます。たとえば、技術力のある企業が特許権を現物出資として提供することで、受け入れ企業はその技術を活用し、自社の競争力を高めることができます。
このように、出資者が保有する優良資産を資本として取り込むことが可能となり、資金負担を抑えながらも企業の価値を向上させることができます。また、出資者側も株主として企業と長期的な関係を築き、双方にメリットをもたらす持続的な成長を支援することが可能です。
M&Aにおける現物出資の注意点
M&Aで現物出資を行う際には、法律や税務に関するさまざまな注意点が存在します。現物出資は通常の金銭出資と異なり、財産の評価や手続きの煩雑さ、税務面での影響などが伴います。適切に対応しないと、出資者や受け入れ企業双方にとって思わぬリスクが発生する可能性があるため、各項目をしっかり確認して進めることが重要です。以下に、現物出資における注意点を解説します。
検査役の調査とその免除条件
現物出資を行う際には、原則として裁判所が選任した検査役による財産価額の調査が必要とされています。
この手続きは、出資される財産の価額が妥当かどうかを確認するものであり、他の株主との公平性を保つために重要なプロセスです。
ただし、すべての現物出資に検査役の調査が必要なわけではなく、特定の条件を満たす場合には調査が免除されることがあります。
検査役調査が必要な場合と不要な場合
現物出資を行う場合、裁判所が選任した検査役が財産の価額を調査するのが原則です。
これは会社法により義務づけられており、検査役による調査によって出資者が提出した財産価値が公正かつ妥当であるかを確認します。
特に、非上場株式や市場価格が不明な不動産のように、価額の評価が複雑な財産については、調査が厳密に求められることが多いです。
検査役は、提出された財産の評価に不正や過大な評価がないかを確認し、場合によっては価額の変更を裁判所に申し立てることもできます。
一方で、現物出資の財産価額が500万円以下の場合や、市場価格が明確な上場株式や有価証券などを現物出資する場合には、検査役による調査が免除されるケースがあります。
特に、市場価格が存在する財産については、価格の客観性が認められるため、調査の対象外となることが許可されています。こうしたケースを事前に把握しておくと、手続きがスムーズに進みます。
弁護士・公認会計士による証明書取得での免除
さらに、検査役の調査を省略できるケースとして、弁護士や公認会計士などの専門家による証明書の取得が挙げられます。現物出資財産の価額が妥当であることを、弁護士や公認会計士、監査法人、税理士などが証明した場合、検査役の調査が免除されます。
この証明書は、専門家によって価額の妥当性が確認されるため、公正性が保たれると見なされるためです。
ただし、不動産などの特定資産については、この免除に加えて、不動産鑑定士の鑑定評価が必要となることが一般的です。このような証明を得ることにより、手続きの簡素化が図られ、時間やコストの節約につながります。
ただし、証明書の取得には費用がかかるため、あらかじめ予算に組み込んでおくことが望ましいです。
会社法における留意点
現物出資を行う際には、会社法に基づく各種手続きも必要となります。特に、株主総会や取締役会での承認、定款への記載などが求められます。
これらの手続きを怠ると、出資の効力が無効とされるリスクがあるため、十分に留意する必要があります。
株主総会または取締役会での承認手続き
会社法によれば、現物出資を受け入れる際には、募集株式の発行について株主総会または取締役会で承認を得ることが必要です。非公開会社では通常、株主総会の特別決議で承認を得る必要があり、公開会社では取締役会での決議が求められます。
この手続きにおいて、出資の目的となる財産の価額、出資者に割り当てる株式数、払込金額などの「募集事項」を決定することが必要です。
これらの承認手続きを経ることで、現物出資が公正に行われることを株主に対して証明することができ、会社の信頼性も保たれます。
定款への現物出資財産の記載義務
会社法に基づき、現物出資を行う場合には、定款に出資する財産の内容を記載する義務があります。具体的には、出資者の氏名、現物出資財産の種類と価額、出資者に与える株式数などを定款に明記する必要があります。
この記載は、将来のトラブル防止や透明性確保のために重要な要素となります。定款は会社の基本的なルールを示す書類であり、これに現物出資に関する情報を含めることで、取引先や株主が出資の内容を確認しやすくなります。
会計処理と税務上の注意点
現物出資には、会計処理と税務上の影響が伴います。特に、法人税や消費税、不動産取得税に関しては、適格現物出資の条件を満たすかどうかにより税額が大きく異なることがあります。
適格現物出資の条件と法人税の影響
現物出資における重要な税務上のポイントの1つに「適格現物出資」があります。適格現物出資とは、特定の要件を満たす現物出資で、これに該当する場合、出資者は譲渡損益を課税対象にしなくてもよいとされています。
たとえば、出資する企業と受け入れる企業が完全支配関係にある場合、もしくは出資後も支配関係が継続する場合には適格と見なされることが多く、出資者は帳簿価額で資産を移転することが可能です。
この結果、譲渡益に対する法人税の課税が繰り延べられるため、税務上の負担が軽減されます。適格現物出資として認められるには、法人税法上の要件を満たす必要があるため、税理士などの専門家のサポートが推奨されます。
出資財産が消費税・不動産取得税の対象となるケース
現物出資を行う際には、出資する財産の種類によっては消費税や不動産取得税が発生する可能性があります。
たとえば、不動産を現物出資する場合、不動産取得税がかかる場合があるため、税額が増えるリスクがあります。
ただし、法人を新設する際の不動産取得税には一定の非課税規定が適用される場合もあるため、事前に確認が必要です。
また、出資財産が消費税の課税対象資産である場合には、消費税の支払いが必要となります。たとえば、パソコンや機械設備といった動産を出資する場合には消費税が発生する一方で、土地などの非課税資産は消費税がかかりません。
このため、出資する財産がどのような税制上の取り扱いを受けるのか、あらかじめ確認し、適切に準備しておくことが大切です。
現物出資と他のM&A手法との比較
M&Aにはさまざまな資本形成手法があり、現物出資もその一つですが、類似した方法に分社型分割や事業譲渡があります。これらの手法は目的や実行方法、効果に違いがあるため、選択時には各手法の特性をよく理解する必要があります。
以下では、現物出資と分社型分割、事業譲渡との違いについて、特徴やメリットを比較し、どのような場面でそれぞれが有効かを解説します。
分社型分割との違い
分社型分割と現物出資は、いずれも企業の資産や事業を移転する手段ですが、その性質と手続きには違いがあります。現物出資は、特定の資産を出資し株式を受け取ることで経営に参画できる点が特徴です。
一方、分社型分割は事業単位で資産を移転し、組織再編の一環として行われます。それぞれの違いを理解し、目的に応じて選ぶことが重要です。
分社型分割と現物出資の違いと選び方
現物出資と分社型分割は、資産を移転するという点では共通していますが、実際には性質や手続きが異なります。現物出資は個別資産を選んで会社に出資するため、出資者が株式を取得して経営に関与できる手法です。
対して分社型分割は、会社法上の「組織再編」の一種として、資産と共に負債や従業員などを一括して新会社へ包括的に移転させます。資本提供が目的であれば現物出資、事業ごとに独立させたい場合は分社型分割と、目的に応じた選択が求められます。
組織再編と取引法上の行為の違い
現物出資と分社型分割の違いは、法律的な扱いにも現れています。分社型分割は会社法上の「組織再編」であり、企業の一部を新会社として分離し包括的に移転します。
これに対し、現物出資は「取引法上の行為」であり、会社の資本金増加を目的に個別資産を提供する手段です。分社型分割は包括的な事業移転、現物出資は選択的な資産移転と、法律上の位置付けも異なります。
事業譲渡との違い
事業譲渡と現物出資も似た手法に見えますが、実際には特徴やメリットが異なり、企業が目的に応じて使い分けるべき手法です。
事業譲渡は事業全体を売却して金銭を得る手段であり、現物出資は資産を提供して株式を取得することで、出資者が経営に参加する可能性がある点で異なります。ここでは、両者の特徴と目的に応じた使い分けを解説します。
事業譲渡と現物出資の特徴とメリットの違い
事業譲渡は、特定の事業を他社に売却し金銭を得る手段です。企業は売却益を即座に活用できますが、譲渡後の経営関与はありません。
一方、現物出資では特定の資産を提供して株式を取得することで、出資者は受け入れ先の株主となり、経営に参画することが可能です。譲渡企業が資金調達のみを目的とするなら事業譲渡、経営参画を意図するなら現物出資と、意図に応じて適切な手法を選択することが求められます。
出資者の経営参画の有無による選択肢の分岐
現物出資と事業譲渡の違いには、出資者が経営に参画するかどうかも関係しています。事業譲渡は金銭対価を得て事業を手放すため、譲渡企業は受け入れ企業の経営に関わりません。
一方、現物出資は出資により株式を得るため、出資者が新たな株主として経営参画することが可能です。長期的な経営関与が目的の場合は現物出資、資金調達が主目的であれば事業譲渡と、経営参画の有無に基づいて適切な手法を選ぶことが重要です。
現物出資を活用したM&Aの事例
現物出資は、企業が直接資金を投入せずに、価値のある資産や事業を提供して他社の株式を取得し、経営に参画するための手法として活用されています。
ここでは、現物出資を用いたM&Aの成功事例として、商船三井によるノルウェー企業の株式取得と、ジョイフルがフレンドリーを支援したデットエクイティスワップ(DES)の事例を紹介します。
商船三井によるノルウェー企業株式の取得
商船三井は、ノルウェーの海運関連企業であるAKOFS社への参画を、現物出資を通じて実現しました。この現物出資によって、商船三井はノルウェーのAKOFS社が営むサブシー支援船事業に25%の株式を持つこととなり、事業への深い関与が可能になりました。
この取引では、商船三井がすでに設立していた合弁会社を現物出資することで、AKOFS社の株式を取得し、これまで以上にサブシー支援船事業への参入を強化しました。
サブシー支援船事業は、海底インフラのメンテナンスや調査に不可欠であり、長期的な需要が見込まれる安定した事業分野です。この現物出資による株式取得により、商船三井は本格的な参入と成長機会を得るとともに、既存の海運事業とのシナジー効果も期待しています。
また、AKOFS社の親会社であるAkastor社は、ノルウェーの海運大手グループの中核企業であり、本件によって今後も協業拡大のチャンスが生まれることが予測されています。
商船三井のこの事例は、戦略的な事業参画を目的とした現物出資が、海運業界のような専門性が高く安定需要が見込める分野で有効な手段であることを示しています。現金を用いずに株式を取得することで、企業としてのリスクを抑えながら、参画先企業と緊密な関係を構築し、新たな事業展開を可能にしました。
フレンドリーに対するジョイフルの現物出資(デットエクイティスワップ)
外食チェーンのフレンドリーは、親会社であるジョイフルからの現物出資(デットエクイティスワップ)により財務改善を図りました。フレンドリーは、コロナ禍で居酒屋事業などが大きく低迷し、業績悪化から債務超過に陥っていました。こうした状況の中、ジョイフルはフレンドリーに対する貸付金債権を現物出資として提供し、第三者割当による種類株式(B種優先株式)をフレンドリーから取得しました。
このデットエクイティスワップにより、ジョイフルはフレンドリーの債務負担を軽減しつつ、フレンドリーの経営への関与を強化しました。
また、フレンドリーは上場企業であり、発行する株式が通常の普通株式であれば既存株主の持分が希薄化する懸念がありましたが、無議決権の種類株式を発行することで、既存株主の利益を守りながらジョイフルからの支援を実現しています。
さらに、本事例では、貸付金債権がデットエクイティスワップの対象となる際、フレンドリーとジョイフルの合意により、弁済期到来済みの金銭債権として処理することとし、検査役の調査が不要とされました。
このような工夫によって、手続きの簡素化と費用の抑制が実現され、迅速な支援が可能になっています。
ジョイフルの支援によるこの事例は、コロナ禍の影響を受けた企業の再建支援において、デットエクイティスワップが効果的であることを示しています。
債権を株式化することで、親会社としては負債圧縮と資本増強を同時に実現でき、債務超過の子会社に対して支援を提供しつつ、会社の再生に向けた経営の主導権を保持することが可能です。
まとめ
現物出資は、中小企業が資産を効果的に活用してM&Aを実行するための有力な手段です。
手元資金が不足している場合でも、保有する資産を活用して他社と戦略的な関係を築き、経営に参画できるというメリットがあります。また、デットエクイティスワップを活用することで、財務健全化とバランスシートの改善を図りつつ企業の再生を支援できます。
しかし、現物出資には検査役調査や税務上の処理といった複雑な手続きが伴うため、法的および財務的な専門知識が必要です。
中小企業の経営者の方はこれらの要点を理解したうえで、専門家のサポートを受けることで、現物出資を成長戦略として効果的に活用し、持続的な成長を達成することができるでしょう。