労働組合がある会社のM&Aは難しい?M&Aと労働組合の関わりを解説

労働組合がある企業を買収する際には、通常のM&Aプロセス以上に慎重な対応が求められます。

労働組合は従業員の権利や労働条件を守るために活動しているため、M&Aによる経営体制の変化や待遇の見直しが、時に組合から強い反発を受ける原因となることもあります。

特に、合同労組(ユニオン)などがある場合は、団体交渉や労使協議を経て合意を得るまでに長期化する可能性もあり、交渉難易度が上がる要因となります。

この記事では、労働組合の存在がM&Aに与える影響や、買収を成功させるために必要なポイントについて解説します。

この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)

M&Aにおける労働組合とは?その役割と目的

M&Aを検討する際、買収先に労働組合が存在するかどうかは重要な要素です。

労働組合は、従業員が職場の労働条件や環境を改善するために組織されるものであり、従業員の権利を守るうえで大きな役割を果たしています。以下では、労働組合の役割や業種ごとの傾向、会社経営への影響について解説します。

労働組合の基本的な役割

労働組合は、従業員が賃金や労働時間、職場の安全などの労働条件を改善するために組織される団体です。

従業員が個人で交渉するのが難しい賃金や雇用条件について、集団として会社側と交渉できるのが特徴で、団体交渉の権利を持っています。

特に、日本の労働組合は、経済的な要求だけでなく、職場の環境改善や福利厚生の充実を目的としている場合も多く、経営側と協力しながら会社の健全な運営に関与することが多いです。

労働組合がある企業の割合と業種ごとの傾向

日本全体では、労働組合がある企業は16%程度とされ、特に製造業や運輸業、金融業などの大企業や組織的な企業に多く見られます。一方、中小企業や個人経営に近い企業では労働組合が少ない傾向にあります。

また、企業が大規模であるほど、企業別労組や合同労組(ユニオン)といった労働組合の形態が見られ、従業員の権利擁護のために積極的に活動しているケースが増えます。労働組合の影響は業種によっても異なり、製造業やインフラ系の業種では特に労働組合の関与が強い傾向にあります。

労働組合の存在が会社経営に与える影響

労働組合がある企業では、従業員の声が経営に反映されやすくなる一方で、組合との交渉が不可欠となるため、経営上の決定がスムーズに進まないこともあります。

特にM&Aにおいては、組合が新しい経営体制や買収による雇用・待遇の変化に反対したり、団体交渉を求めたりするケースもあります。

これが、M&Aにおけるリスクや交渉の難しさを生み出す要因となり、場合によっては組合との調整に大きなエネルギーを要することが企業価値や業績にも影響を与えることがあります。

M&Aにおける労働組合の位置づけ

労働組合の存在が買収交渉やその後の経営に与える影響は大きく、特に交渉の難易度や調整の負担が増す場合があります。

ここでは、労働組合の種類や、労働組合が存在する企業を買収する際に注視すべき点について解説していきましょう。

M&Aに影響する労働組合の種類(企業別労組と合同労組)

労働組合には大きく分けて「企業別労組」と「合同労組(ユニオン)」の2種類があります。

企業別労組は特定企業の従業員だけで構成され、経営側と協力しながら労働条件の改善や賃上げ交渉を行います。企業別労組はその企業固有の環境や従業員の意見を反映しやすく、経営側と比較的円滑に交渉を行う傾向があります。

一方、合同労組は、複数企業の従業員が集まる組織で、外部の支援を受けて企業と交渉します。

合同労組の中には、買収対象の企業だけでなく、広範な組合員の権利を守るために強硬に交渉を行う組織もあり、従業員の代わりに労働環境の改善や未払い残業代、退職金の支給などを要求するケースもあります。

そのため、M&Aにおいては合同労組の存在が経営側にとって大きな負担となりやすく、交渉の進展が妨げられることもあるでしょう。

労働組合がある企業のM&Aで注視すべき点

労働組合が存在する企業のM&Aでは、労働組合との団体交渉や労使協議が必要になる場合があり、これがM&Aプロセスの中で重要な要素となります。

特に法務デューデリジェンス(法務DD)の段階で労働組合の存在を確認し、労働協約や労使慣行の中でM&A実施にあたり事前同意や協議が必要かどうかを確認することが不可欠です。

たとえば、伊藤忠商事がデサントを買収しようとした際には、デサントの労働組合がTOB(株式公開買付け)に対して反発した事例があり、こうした反対運動が経営の変革に与える影響は無視できません。

また、M&A後に従業員の雇用条件や待遇の改善が求められる場合もあり、事前に労働組合と良好な関係を築くことが求められます。

労働組合が強い企業では、親会社がM&A後に実施する改革が難航することも多く、こうしたリスクを考慮に入れてM&Aを進める必要があるのです。

労働組合の存在がM&Aに及ぼす影響

買収対象に労働組合が存在する場合、M&Aの準備や買収後の経営には多くの考慮が必要です。

労働組合の関与は、交渉の進行や経営改革に影響を与え、リスク管理も含めた入念な対応が求められます。ここでは、労働組合がM&Aプロセスに及ぼす影響について解説します。

買収後のリスクと労働組合の関与

買収後、労働組合が存在する場合、労働条件の維持や待遇の改善を求める声が強まり、交渉にエネルギーがかかる場面が多くなります。

特に、外部の合同労組は対象会社に対し、未払い賃金の清算や労働環境改善などを要求し、買収後の経営者に対応を迫るケースがあります。合同労組が強硬姿勢を取ると、企業の支配権が確立しにくくなるリスクもあるため、M&Aでは徹底した労務デューデリジェンスと「表明保証条項」によるリスクカバーが重要です。

これにより、簿外債務の発覚など想定外のコスト負担を防ぎ、安定した経営権確立につなげることができます。

買収先の企業文化や体制への影響

労働組合の存在は、買収後の企業文化や体制にも大きな影響を及ぼします。

企業別労組であれば、会社の事情に応じて柔軟に対応するケースもありますが、合同労組では経営側の方針転換に慎重な姿勢が強まる傾向があります。

特に、M&A後に新体制や業務改革を進めたい場合、労働組合との協調が必要不可欠です。

労働組合の意向や企業文化との調和を図るため、買収側企業が労働組合との信頼関係を構築することが、スムーズな経営移行やシナジー効果の実現につながります。

団体交渉や労使協議が発生する場面

買収実施時には、労働組合と団体交渉や労使協議が発生することがあります。

労働協約の中には、M&A実施時に労働組合との協議や事前同意が必要とされるケースもあり、買収プロセスが計画通り進まない場合もあります。法務デューデリジェンスで労働協約や労使慣行の確認を徹底することが、トラブル回避には不可欠です。

また、労働組合との協議が長期化することで、M&Aプロセスに遅延が生じるリスクもあるため、事前の交渉準備が重要です。

労働組合がある会社のM&Aのリスクと難しさ

労働組合がある企業のM&Aは、交渉や買収後の経営において特有のリスクと困難が生じやすくなります。

労働組合は従業員の権利を守るために存在し、買収に対して慎重な姿勢を取りやすい傾向があるため、企業側は特別な配慮が求められます。

ここでは、労働組合の反発や買収後の経営改革におけるリスク、合同労組の影響力について解説します。

労働組合からの反発による影響

労働組合がM&Aに反対する背景には、従業員の雇用条件や待遇が買収によって悪化する可能性への不安があります。

また、M&Aに伴い買収企業が進める経営体制の変更やコスト削減策が、従業員に直接的な影響を及ぼす場合、組合は従業員の立場から声を強めることが予想されます。たとえば、ある製造業の買収において、労働組合が業務の効率化として提案された配置転換に反発し、結果として計画していたM&Aのスケジュールが大幅に遅延したケースがありました。

このように、労働組合が反発する状況では、買収プロセスが長引くリスクがあるため、組合と慎重な交渉を進める必要があります。

買収後の改革が進みにくい理由

労働組合の存在は、買収後の経営改革を進めにくくする要因となり得ます。買収先の労働条件や体制に対する変更には労働組合の合意が必要な場合が多く、特に労働協約や労使慣行が確立されている場合、従業員の待遇や福利厚生の継続が求められます。

たとえば、IT業界のある企業がM&A後に人員削減と業務効率化を進めようとした際、労働組合が反対し、最終的に企業は元の従業員数を維持する形で再編を進めざるを得ませんでした。

このようなケースでは、計画した経営改革がスムーズに進まないリスクが高まり、買収後のスピード感が削がれる可能性があります。

ユニオン(合同労組)の影響力と買収難易度

合同労組は、特定企業の内部労組とは異なり、他企業の従業員も含めた広範な組織で、より強硬な交渉姿勢を取る場合があります。

特に、合同労組が主導する場合、労働環境の改善や未払い賃金の清算、退職金支給といった要求が厳しくなり、経営側は対応にエネルギーを割く必要が出てきます。

ある小売業の買収事例では、合同労組が買収先企業の従業員に対する待遇改善を求め、団体交渉が長期化した結果、経営権確立にまで影響を及ぼしました。

このように、合同労組の影響が強い企業のM&Aは、交渉の進行や買収後の経営計画に支障が出るリスクを伴います。

M&Aにおける労務デューデリジェンスの重要性

M&Aプロセスでは、買収対象企業に関する詳細な調査が不可欠です。

特に労務に関わるデューデリジェンスは、未払い賃金や労働争議、労働協約などの潜在リスクを事前に確認し、買収後に問題が顕在化するリスクを最小限に抑えるために重要です。

ここでは、労務デューデリジェンスで確認すべきポイントや労働協約の調査方法、表明保証条項の活用方法について解説します。

労務デューデリジェンスの内容と確認ポイント

労務デューデリジェンスは、買収対象企業が抱える労務リスクを特定するための調査です。主な確認ポイントとして、未払い残業代や休日出勤手当の未払い、労働時間管理の不備、福利厚生の適正性などが挙げられます。

中でも、未払い残業代は「簿外債務」となりやすく、買収後に未払賃金が発覚すると買収企業が多額の支払いを負担するリスクがあるため、特に慎重な確認が求められます。また、退職金制度の適用条件や退職金積立の状況も確認が必要です。これらのポイントを詳細に調査することで、買収後の不測のコストを回避することができます。

労働協約や労使慣行の調査方法

労務デューデリジェンスにおいては、労働協約や労使慣行の内容を精査し、買収後に守らなければならない義務があるかどうかを確認することが重要です。

労働協約には、賃金体系や就業条件、退職時の取り扱いなど、労使間で取り決めた具体的な条件が明記されており、買収後も従うべき法的義務がある場合が多いです。

また、労使慣行として労働者の定着率や転勤の実態、残業の取り扱いについての習慣的な運用が存在することもあります。

デューデリジェンスで労働協約や労使慣行を確認することで、買収側は計画する経営改革が従業員からどの程度受け入れられるかを予測し、トラブルを未然に防ぐことができます。

表明保証条項で労務リスクをカバーする方法

買収契約においては、労務リスクをカバーするために「表明保証条項」を盛り込むのが一般的です。

表明保証条項は、売主が従業員に関する賃金支払い義務や労務関連の法的義務をすべて履行していることを保証し、契約違反が発覚した場合に売主が損害賠償責任を負うことを明記する条項です。

たとえば、「会社は従業員に対し未払賃金が存在しないことを保証する」といった内容が表明保証条項に記載されることで、買収後に未払賃金が発覚した場合のリスクを軽減できます。

このように、表明保証条項を活用しておくことで、労務管理の不備が買収後の経営に悪影響を及ぼさないよう対策を講じることが可能です。

労働組合がある企業のM&Aを成功させるポイント

労働組合が存在する企業のM&Aを成功させるには、労働組合や従業員との信頼関係を築き、買収後の労働条件について透明性を確保することが重要です。

M&Aプロセスにおいて、労働組合や従業員が安心して新体制に馴染むための取り組みが、企業統合を円滑に進める鍵となります。

以下では、買収前の交渉の重要性、従業員の不安解消の方法、労働条件の維持と待遇改善の取り組みについて解説します。

買収前に労働組合と交渉する重要性

M&Aにおいて労働組合との事前交渉は非常に重要です。事前に労働組合と信頼関係を築くことで、買収後の組織統合がスムーズに進み、トラブルを未然に防ぐことができます。

労働組合との信頼関係を構築するためには、M&Aの目的や方針を共有し、買収後の労働条件や雇用環境がどう変わるのかについて誠実な姿勢で説明することがポイントです。

また、労働組合との円滑な交渉を進めるには、従業員の雇用を守る方針や待遇改善を積極的に示し、労働組合の意見を尊重しながら丁寧に対応することが求められます。

こうした配慮を持って事前交渉に臨むことで、M&A実施後も労働組合が新体制をサポートしてくれる可能性が高まります。

従業員への開示・説明による不安の解消

M&Aを円滑に進めるためには、従業員への情報開示と説明が欠かせません。

買収の初期段階では、経営層やキーマンとなる社員に対してM&Aの目的と買収後の体制を伝え、協力体制を築くことが重要です。

M&Aの最終段階に至った際には、従業員全体に対して情報を開示し、彼らの不安を解消するための説明を行います。M&Aによる変化に対して従業員が抱く不安を放置すると、退職を考える従業員が増え、買収の成果が損なわれるリスクがあります。

調査によると、M&Aの発表を受けて転職を考える従業員は4割以上に達するケースもあるため、従業員に対して丁寧な説明と情報共有を行い、安心して働ける環境を整えることがM&A成功の鍵となります。

労働条件維持や待遇改善を示す取り組み

買収後の労働条件や待遇の維持は、従業員の不安を解消し、モチベーションを保つために重要な要素です。

特にM&A後に従業員の待遇が不透明になると、士気が下がり生産性に悪影響を及ぼすため、買収側は労働条件の維持や改善方針を明確に示すことが求められます。

たとえば、買収後も従業員の給与水準や福利厚生の継続を約束し、処遇面での向上が期待できるような取り組みを行うことで、従業員の信頼を得られます。

こうした取り組みを通して、従業員が買収先企業での成長機会を感じられるようになるため、従業員の定着とともにポジティブな統合効果を得ることができます。

まとめ:労働組合対応を考慮したM&Aのポイントをおさえよう!

労働組合がある企業のM&Aでは、労働組合との交渉や従業員への説明がスムーズな買収を実現するために重要です。

買収前の段階で労働組合との信頼関係を築き、従業員の不安を解消することで、買収後の労働環境を整えやすくなります。

また、労働条件の維持や待遇改善への取り組みを明確にすることで、従業員の定着率も向上し、M&Aによるシナジー効果の実現にもつながります。

労働組合が存在する場合のM&Aは難易度が上がるといわれますが、ポイントを押さえた適切な対応によって、労使ともにメリットを感じられる買収が可能となるでしょう。

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