適格合併は、税務上の優遇措置を受けられる有利な手法ですが、適用するには合併の種類に応じた要件をクリアする必要があります。
これらの要件は全部で7種類ありますが、合併の形態によって必要とされる要件が異なります。
本記事では、それぞれの要件と税務メリット、そして注意すべきポイントを解説します。
- この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)
適格合併とは?
適格合併とは、企業の合併において、特定の税法上の要件を満たすことで、税務上の優遇措置を受けることができる合併の形態を指します。
一般的に企業の合併では、被合併法人(消滅法人)の資産や負債が合併法人(存続法人)に引き継がれますが、通常の合併ではこれらの資産や負債が時価で評価され、譲渡損益に対して法人税が課されます。
しかし、適格合併として認められる場合には、資産や負債を帳簿価額(簿価)で引き継ぐことができるため、譲渡損益の課税が繰り延べられるという税務上のメリットがあります。
適格合併が適用されるためには、法人税法に定められた複数の要件を満たす必要があります。
これらの要件は、合併前と合併後の企業間での経済的実体の連続性や、事業の継続性を確保するためのものです。具体的には、完全親子関係(100%株式保有)での合併や、過半数の株式を保有する親子関係での合併、さらに支配関係がない企業同士の共同事業を目的とした合併など、様々なケースに応じて要件が設定されています。
一方で、「非適格合併」とは、これらの要件を満たさない合併を指します。
非適格合併の場合、合併時に資産や負債が時価で評価されるため、含み益に対する課税が発生し、繰越欠損金の引き継ぎも認められません。
つまり、非適格合併は譲渡のような性質を持ち、一度事業が終了したとみなされるため、税務上の負担が大きくなる可能性があります。
適格合併の制度は、企業の再編を円滑に進めるために設けられたもので、グループ内の経営資源の有効活用や、事業戦略の転換を図る際に非常に有効です。
ただし、適格合併の要件を満たすかどうかは細かい条件が設定されているため、合併を計画する段階で慎重に検討する必要があります。
適格合併のメリット
適格合併の最大のメリットは、税務上の優遇措置を受けられることです。具体的には、以下の2つの点で節税効果が期待できます。
1. 譲渡損益の繰延べ
通常の合併では、被合併法人の資産が合併法人に引き継がれる際、これらの資産が時価で評価され、譲渡損益が発生します。
譲渡益が生じた場合、その部分に法人税が課されるため、税負担が増加します。
しかし、適格合併が適用されると、資産や負債を帳簿価額(簿価)で引き継ぐことができるため、譲渡損益は発生しません。
言い換えれば、合併後もその資産の評価益や損失は引き継がれ、課税が繰り延べられる仕組みです。これにより、企業は余計な税負担を避けることができ、合併を円滑に進めることが可能になります。
2. 繰越欠損金の引き継ぎ
適格合併が適用される場合、被合併法人が有していた繰越欠損金を合併法人に引き継ぐことができます。通常、非適格合併では、被合併法人の繰越欠損金は消滅し、合併法人での利用は認められません。
しかし、適格合併であれば、引き継がれた繰越欠損金を合併法人の利益と相殺することが可能です。
例えば、被合併法人が累積赤字を抱えている場合でも、適格合併を通じてその欠損金を合併法人の黒字と相殺することで、税負担を大幅に軽減できます。これにより、企業グループ全体としての資金効率が向上し、事業の再編や成長戦略の実現がしやすくなります。
適格合併は、企業にとっての税負担を軽減し、事業の効率的な再編を可能にするための重要な手段です。これらのメリットを最大限に活用するためには、適格合併の要件を十分に理解し、適切なスキームを設計することが必要不可欠です。
また、節税を目的としたスキームが租税回避行為とみなされないように、専門家と相談しながら計画を進めることが推奨されます。
適格合併の要件とは?
適格合併が適用されるためには、合併に関する一定の要件を満たす必要があります。
これらの要件は、合併が単なる買収や事業譲渡ではなく、継続的な事業の一環として行われることを保証するために設けられています。
適格合併として認められることで、税務上のメリットを享受することができ、企業にとって資産や負債を簿価で引き継ぐことが認められます。
以下に、適格合併の要件として挙げられる7つの項目を解説します。
適格合併の7つの要件
適格合併か否かを判断する場合、以下のような7つの観点から判断されます。
1. 金銭等不交付要件
合併対価として現金やその他の資産が交付されず、被合併法人の株主に対して合併法人の株式やその親会社の株式のみが対価として提供される必要があります。
現金などの資産が交付される場合、それが資産売却と見なされ、適格合併の要件を満たさなくなります。ただし、一定の条件下では少額の現金の交付が許される例外もあります。
2. 継続保有要件
合併前の支配関係が合併後も継続されることが条件です。
具体的には、合併後に合併法人の株式が引き続き保有されることが求められます。これにより、合併が一時的な取引ではなく、継続的な事業統合であることを示します。
3. 事業移転要件
被合併法人の従業員の80%以上が、合併後も合併法人の業務に従事することが求められます。この要件は、合併が事業活動の継続を意図していることを示すために重要です。従業員の継続的な雇用は、経済的実体の連続性を示す証拠となります。
4. 事業継続要件
合併前に被合併法人が営んでいた主要な事業が、合併後も引き続き継続される必要があります。
事業が継続して行われることで、合併が単なる事業譲渡や解体ではなく、企業グループ内の組織再編であると認識されます。
5. 事業関連性要件
合併する企業同士の事業が相互に関連していることが必要です。
例えば、両社が同じ業界で活動していたり、互いの技術やサービスが補完関係にある場合にこの要件を満たします。関連性が認められない場合、一方の企業が他方を買収する行為とみなされ、適格合併として認められなくなります。
6. 同等規模要件(選択要件)
合併法人と被合併法人の売上高、従業員数、資本金などの差が概ね5倍を超えないことが求められます。規模が大きく異なる場合、合併が対等な事業統合ではなく、片方の企業による一方的な買収と見なされる可能性があります。
7. 双方経営参画要件(選択要件)
合併前に合併法人と被合併法人の特定役員(例:社長、副社長など)が、合併後も引き続き特定役員として経営に関与することが見込まれる場合に満たされる要件です。
この要件を満たすことで、合併が対等な事業統合であり、双方が経営に積極的に参画していることが示されます。
3つのケースに応じた要件の適用
適格合併の適用には、前述の7つの要件のうちいくつかが該当する3つのケースがあります。それぞれのケースについて、どの要件が必要となるかを以下に解説します。
1. 完全支配関係内再編の要件
完全支配関係内再編は、親会社が子会社の株式を100%保有している場合に適用される合併です。この場合、企業グループ内での組織再編に該当し、経済的実体が変わらないことが前提とされているため、比較的要件が緩和されています。
• 金銭等不交付要件:必須
• 継続保有要件:必須
2. 支配関係内再編の要件
支配関係内再編は、親会社が子会社の株式を50%超保有している場合が該当します。この場合、経済的実体が変わる可能性があるため、より厳しい要件が求められます。
• 金銭等不交付要件:必須
• 継続保有要件:必須
• 事業移転要件:必須
• 事業継続要件:必須
3. 共同事業再編の要件
共同事業再編は、支配関係がない企業同士が事業の共同運営を目的として合併するケースです。このケースでは、合併後に事業の性質が大きく変わる可能性が高いため、最も多くの要件が求められます。
• 金銭等不交付要件:必須
• 継続保有要件:必要な場合のみ
• 事業移転要件:必須
• 事業継続要件:必須
• 事業関連性要件:必須
• 選択要件(同等規模要件または双方経営参画要件):いずれか一方が必要
適格合併を選ぶ際の注意点
適格合併は、企業の合併において税務上のメリットを享受できる魅力的な選択肢ですが、適用するためには注意すべき重要なポイントがあります。
特に、適格合併の要件を満たしていないと非適格合併とみなされ、税務上のメリットを受けられないだけでなく、課税負担が大幅に増加するリスクもあります。
また、税務リスクを避けるために適格合併を利用しようとしても、要件を不自然に整えることで租税回避行為と見なされ、税務当局から追徴課税を受ける可能性もあるため、慎重な対応が求められます。
適格合併で注意すべきポイント
以下では、適格合併を選ぶ際の具体的な注意点や、過去の事例から学ぶべきポイントについて解説します。
1. 要件の厳密な確認と事前準備
適格合併を実行するには、合併の形態に応じた7つの要件のうち、必要なものをすべて満たす必要があります。要件を満たしているかどうかは、合併の計画段階で確認することが不可欠です。
特に「金銭等不交付要件」や「事業移転要件」など、税務当局が注目するポイントについては、しっかりと準備を整えることが重要です。要件をクリアしていない場合、合併後に非適格合併と判断され、税務上の優遇措置が適用されず、課税負担が増えるリスクがあります。
2. 適切なスキームの設計
適格合併を利用して企業再編を行う際は、単に要件を満たすだけでなく、合併のスキーム自体が自然であることが求められます。
例えば、合併直前に急遽株式の購入を行い、形式的に完全支配関係を作り出したりするような動きは、税務当局に租税回避行為と見なされる可能性があります。
過去の判例でも、このようなスキームが租税回避と判断されたケースがあり、注意が必要です。
3. 合併目的の明確化
合併の目的が適格合併の要件を満たすためだけに行われていると判断されると、税務上の優遇措置が適用されない場合があります。
合併を行う際には、単なる節税目的ではなく、経済的実体や事業のシナジー効果を明確に説明できる計画が必要です。
合併によって事業の効率化や競争力の強化など、合理的で明確な経済的目的があることを示すことで、税務リスクを減らすことができます。
租税回避行為とみなされないためのポイント
適格合併の要件を形式的に満たしているだけでは、税務当局から租税回避行為と指摘されるリスクがあります。特に、以下のような点に注意することで、租税回避とみなされないようにすることが重要です。
1. 形式的な要件の操作に注意
適格合併の実行にあたり、合併直前に不自然な取引や構造変更を行うことで、要件を形式的に整えるようなスキームは、租税回避と見なされるリスクが高まります。
例えば、合併の直前に被合併法人の全株式を現金で買い取り、形式的に完全支配関係を作るような行為は、経済的実体を伴わないものと判断されることがあります。このような操作は避け、自然な流れで適格合併の要件を満たすスキームを設計することが求められます。
2. 継続的な事業活動の証明
適格合併が成立するためには、合併後も事業が継続的に運営されることが重要です。
事業が合併の前後で急激に変わったり、事業の大半が終了した場合、税務当局に租税回避行為と見なされるリスクがあります。従業員の継続的な雇用や、主要事業の継続運営を確保することにより、経済的実体の維持を示すことが必要です。
3. 合併スキームの透明性
税務当局は、合併スキームがどのような経済的意図で行われているのかを重視します。そのため、合併の目的や背景を透明にし、合理的な説明ができるよう準備しておくことが重要です。
例えば、合併による事業拡大、コスト削減、新市場への進出など、具体的な経済的目標を持っている場合、それを明確に示すことで、租税回避と判断されるリスクを低減できます。
過去の事例から学ぶべきポイント
過去には、適格合併が税務当局に租税回避行為と指摘され、裁判で争われたケースがあります。以下に、代表的な事例を紹介し、そこから学べる教訓を見ていきましょう。
1. ヤフー・IDCF事件(2016年判決)
ヤフーは、子会社IDCSを吸収合併する際に、直前に「IDCF」という新法人を設立し、営業部門を分割して移管することで、IDCSの繰越欠損金を引き継げるようにスキームを設計しました。
しかし、国税当局はこれを租税回避行為とみなし、ヤフーに対し約180億円の追徴課税を命じました。裁判の結果、ヤフーの主張は認められず、租税回避行為と判断されました。このケースから学べるのは、適格合併の要件を満たすために不自然な取引を行うと、租税回避とみなされるリスクがあるという点です。
2. TPR事件(2019年判決)
TPR株式会社は、完全子会社を吸収合併する際に、不当な方法で繰越欠損金を引き継いだと指摘されました。国税当局は、TPRが合併前に適格合併の要件を形式的に整えただけで、経済的実体の連続性が欠如していると判断し、追徴課税を行いました。
裁判所もTPRの主張を退け、租税回避行為と認定しました。この事例は、合併の実態が事業の連続性や経済的実体の維持に欠けると、要件を満たしていても適格合併と認められない可能性があることを示しています。
適格合併の成功には事前の準備と専門家の助言が重要
適格合併を成功させるためには、単に要件を満たすだけではなく、税務リスクを考慮した慎重なスキーム設計と実行が求められます。
特に、大規模な合併や複雑なスキームを伴う場合は、税務や法務の専門家と連携して詳細な計画を立てることが重要です。
また、過去の事例からも分かるように、不自然な取引や不透明なスキームは避け、経済的実体を伴った合理的な事業再編を目指すべきです。
適格合併を計画する際には、必ず専門家の助言を得て、法令に基づいた確実な合併スキームを設計することが、成功の鍵となります。
まとめ: 適格合併の要件を理解し、慎重に対応する
適格合併は、税務上のメリットが大きい手法ですが、適用するためには合併の形態に応じた要件を満たす必要があります。
7つの要件が存在しますが、すべてを満たす必要があるわけではなく、完全支配関係、支配関係、共同事業のいずれかの形態に応じて適用される要件が異なります。
要件を無理に整えようとすると、租税回避行為とみなされるリスクもあるため、慎重にスキームを設計することが重要です。