M&Aで売り手にかかる税金・節税方法を譲渡タイプ別に解説!

M&Aを実施する際には、売り手にとって税金が大きな負担となるケースが少なくありません。適切な譲渡スキームを選択し、税務対策を行うことによって、譲渡益に対する税負担を軽減し、手取り額を最大化することが可能です。本記事では、売り手が選択できる代表的なM&Aスキーム(株式譲渡、事業譲渡、組織再編)別に、発生する税金の種類や特徴、さらにそれぞれに対応する節税方法について解説します。

この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)

M&Aにおける売り手の税金負担とは?

M&Aを実施する際、売り手側にはさまざまな税金が発生します。特に中小企業においては、M&Aを通じて得られる対価が経営者にとって引退後の生活資金や子孫に残す財産となるケースが多く、最終的な手取り額を最大化するために税金の仕組みを理解し、適切な節税対策を講じることが非常に重要です。

M&Aでは、株式譲渡や事業譲渡、組織再編といった複数のスキーム(手法)を選択することができますが、それぞれに異なる税制が適用され、売り手が支払う税額や税率は大きく変わります。例えば、個人が株式を譲渡する場合は「株式譲渡所得」として扱われ、分離課税方式で一律20.315%の税率が適用されます。一方で、法人が事業譲渡を行う場合は、法人税や消費税などが発生し、税率や計算方法が大きく異なるため、個別の状況に応じた税務対応が必要となります。

税金負担を理解する重要性と節税の必要性

M&Aにおける税金負担を理解し、適切な節税対策を講じることは、売り手にとって極めて重要です。税金の仕組みを理解していない場合、想定外の税負担が発生し、最終的な手取り額が大幅に減少してしまうこともあります。特に売却対価が高額になるM&Aでは、適切な節税対策を行わないと、税金として支払う金額が手元に残る金額を大きく上回るリスクも考えられます。

また、M&Aでは売り手が抱える財務、税務、労務上のリスクを含めて取引されることが一般的であり、買い手側に不利な状況を招かないためにも、売り手側が事前にこれらのリスクを精査し、対策を講じておくことが求められます。適切な節税対策を講じることで、売却後のリスクを最小化し、M&Aによる経済的な利益を最大化することが可能です。

さらに、譲渡時の税金対策だけでなく、譲渡後のキャピタルゲインにかかる税負担や退職金の支給、所得の配分など、総合的なタックスプランニングを行うことが、経営者の財産を守り、将来的な財務計画を安定させるための鍵となります。

したがって、売り手はM&Aを成功させるために、税理士やM&A専門家などと密に連携し、適切な税務対応と節税対策を検討することが重要です。M&Aの手法ごとに発生する税金を理解し、最も適したスキームを選択することが、売却時の手取り額を最大化し、将来的な資産運用においても大きなメリットをもたらすでしょう。

売り手が選択するM&Aスキーム別に発生する税金の種類

M&Aでは、売り手が選択するスキーム(手法)によって、税金の種類や税率、計算方法が大きく異なります。主なスキームとしては「株式譲渡」「事業譲渡」「組織再編(会社分割・株式交換など)」の3つが挙げられ、それぞれに対する税務上の取扱いも異なります。各スキームの特徴と税務上の違いを理解することは、M&Aを行う際の最終的な手取り額に直結するため、売り手にとって重要なポイントです。

株式譲渡の税金と節税方法

株式譲渡は、売り手の個人または法人が保有する株式を買い手企業に譲渡することにより、対価を得る手法です。M&Aにおいては、株式譲渡を選択することが多く、その理由としては「手続きがシンプルであり、売却後も会社の法人格を維持できる」「事業譲渡や組織再編に比べて税金計算が分かりやすく、税率が比較的低い」ことが挙げられます。

株式譲渡で発生する税金の種類

株式譲渡では、売り手が個人か法人かによって課税される税金の種類と税率が異なります。

個人株主(オーナー経営者)の場合  

個人株主が株式譲渡を行った場合、得られる利益(譲渡所得)は「株式譲渡所得」として扱われ、分離課税方式が適用されます。この場合の税率は、所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%を合計した20.315%が一律で適用されます。通常の所得に対する累進課税とは異なり、所得の多寡に関係なく税率が固定されているため、譲渡対価が高額になるほど、他の所得に比べて税負担を軽減することが可能です。

法人株主(会社保有株式を譲渡する場合)  

法人が保有する株式を譲渡する場合、株式の譲渡益は法人の「事業所得」として他の所得と合算され、法人税・住民税・事業税が課されます。法人税率はおおむね30〜35%(法人の規模や自治体による)となり、個人株主よりも高い税率が適用されることが一般的です。ただし、譲渡益と本業の損失を相殺することができるため、事業譲渡と同様に損益通算によって税負担を調整できる余地がある点が特徴です。

株式譲渡時の税金計算方法

株式譲渡における税金は、譲渡所得を基準に計算されます。譲渡所得は次の式によって求められます。

  • 譲渡所得 = 譲渡収入 – (取得費 + 譲渡費用)

取得費とは、株式を購入する際にかかった費用(購入価格や手数料など)を指し、譲渡費用とは、株式譲渡時にかかる仲介手数料やアドバイザリー費用などです。個人株主の場合、取得費が不明な場合や、購入金額が非常に低い場合は「譲渡収入の5%」を取得費として計上することも可能です。

税金は譲渡所得に対して課され、個人株主の場合、前述の一律20.315%の税率が適用されます。

株式譲渡における主な節税対策

株式譲渡における節税対策として、次の方法が効果的です。

株式譲渡と退職金の併用  

オーナー経営者が株式譲渡を行う際に、同時に退任する場合は退職金を活用することで節税が可能です。退職金は退職所得控除が適用され、所得の半分を課税対象から除外できるため、最終的な税負担を軽減することができます。

役員退職慰労金の活用方法  

役員退職慰労金を譲渡対価の一部として支給することにより、税金の負担を減らすことができます。これは、退職金の税率が最高28%と、株式譲渡の税率(20.315%)より若干高いものの、退職金控除を利用することで手取り額を増やせるためです。

配偶者や家族への株式分配による税負担軽減策  

家族や配偶者に事前に株式を分配し、個別の株式譲渡として扱うことで、累積の譲渡所得を分散し、税負担を軽減する方法です。この方法を採用する際には、贈与税や事前の適正な取引価格での売買が求められるため、専門家のアドバイスを受けることが重要です。

事業譲渡の税金と節税方法

事業譲渡は、会社の事業の一部または全部を譲渡するスキームです。事業譲渡は会社全体を売却する株式譲渡とは異なり、売り手企業が会社そのものを存続させる一方で、特定の事業や資産を譲渡することが可能です。この手法は事業の再編や資産の効率化を図る際に用いられますが、その際には法人税や消費税、その他の流通税が発生するため、税務上の取扱いを十分に理解しておく必要があります。

事業譲渡にかかる税金の種類とその計算方法

事業譲渡にかかる税金は、以下の通りです。

法人税・住民税・事業税  

売り手企業が事業を譲渡した際には、その譲渡対価が事業譲渡益(利益)として計上され、法人税・住民税・事業税が課されます。譲渡対価は譲渡する純資産(資産-負債)の簿価と譲渡価格の差額で算出されます。一般的な中堅・中小企業の法人税等の実効税率は約34%となります。

消費税  

事業譲渡では、譲渡対象資産に対して消費税が課される場合があります。有形固定資産や営業権などの資産は課税対象となり、消費税率10%が適用されます。したがって、譲渡資産の中に課税対象資産が含まれている場合は、消費税の負担も考慮しなければなりません。

のれん代に対する課税  

事業譲渡では、譲渡対象資産の純資産価額を上回る譲渡対価が支払われることが多く、その超過部分が「のれん代」として認識されます。こののれん代は売り手企業の譲渡益として法人税の課税対象となります。

事業譲渡時の税金計算例

事業譲渡の譲渡対価の計算は次のように行われます。

  • 譲渡対価 = 譲渡資産の時価 – 負債の簿価 + のれん代

事業譲渡時に認識される譲渡益は、売り手企業の他の所得と合算されるため、法人全体の所得に対して法人税等が課されることになります。

事業譲渡における主な節税対策

事業譲渡においては、以下のような節税対策が有効です。

不要資産の事前処分と譲渡対価の調整  

事業譲渡では、譲渡対象となる資産を事前に整理し、不要な資産をあらかじめ売却または

処分しておくことで、譲渡益を抑え、税負担を軽減することが可能です。

退職金支給による税金の調整  

譲渡対価の一部を退職金として受け取ることで、法人税の支払いを調整する方法です。退職金は法人税の損金として処理できるため、最終的な課税所得を減少させることができます。

譲渡対象資産の減価償却方法を活用した節税方法  

事業譲渡では譲渡資産を新たに取得したとみなすため、買い手側は減価償却費を再計上することができます。これにより、税務上の利益を圧縮し、税負担を軽減することができます。

組織再編(会社分割・株式交換など)における税金と節税方法

組織再編とは、会社分割や株式交換、株式交付、吸収合併など、企業の組織形態や所有構造を変更することを指します。この手法を用いることで、税務上の優遇措置を受けることが可能ですが、「税制適格要件」を満たさない場合は、資産や負債を時価で評価し、譲渡益に対して課税されるリスクもあるため注意が必要です。

組織再編で発生する税金の種類と税制適格要件

組織再編の際、税制適格要件を満たしていれば、資産や負債を帳簿価格で引き継ぎ、課税を繰り延べることができます。適格要件を満たす組織再編には、適格合併・適格分割・適格株式交換・適格株式移転などがあり、これらの手法を用いることで、税務上の利益を最大限に活用することができます。

適格要件を満たす場合の税制優遇措置

適格要件を満たすことで、譲渡益に対する課税が繰り延べられ、売り手にとっての税負担を軽減できます。企業再編を通じて新しい企業グループを形成する際にも、税負担を抑えた効率的な組織再編を実現できます。

要件を満たさない場合の課税リスクと対策  

税制適格要件を満たさない場合、資産・負債を時価で引き継ぐため、譲渡損益が発生し、課税されるリスクがあります。これを避けるためには、あらかじめ要件を満たすよう計画を立てることが重要です。

組織再編時の税金計算方法と注意点

組織再編時には以下のようなポイントに注意しながら税金を計算する必要があります。

株式交換・株式交付による譲渡所得税  

株式交換や株式交付を行った際の譲渡所得税は、交換または交付により得た株式価値と、元の株式価値との差額を譲渡所得として認識します。株式の保有期間によって税率が変わる場合もあるため、売り手と買い手双方の調整が重要です。

組織再編における主な節税対策

組織再編においては、以下のような節税対策が有効であると考えられます。

株式交換・株式移転の活用  

税制適格要件を満たした株式交換や株式移転を用いることで、税負担を軽減し、資産を効率的に移転させることが可能です。

グループ会社内再編による損益の相殺  

グループ企業間での組織再編を行う際に、損益を相殺することにより、グループ全体の税負担を軽減できます。

買い手企業との役員報酬調整による税負担軽減  

組織再編に伴う役員の退任や役員報酬の調整を行い、報酬の一部を退職金として支給することにより、節税効果を得ることができます。

ケース別!売り手に有利なM&Aの税務スキーム

M&Aの際に売り手が選択できるスキームには、株式譲渡、事業譲渡、組織再編の3つがあり、各スキームの税務上の取扱いや節税方法が異なります。適切なスキームを選択することで、税負担を軽減し、最終的な手取り額を最大化することができます。ここでは、各スキームのメリットと税務対応について、ケース別に解説していきます。

【ケース1】株式譲渡を選択する場合のメリットと税務対応

株式譲渡は、売り手が所有する株式を買い手企業に売却することにより対価を得る手法です。売り手としては、株式を譲渡するだけで会社自体はそのまま存続するため、法人格を維持しながらも経営から退くことができます。特にオーナー社長個人が株式を保有している場合、個人所得としての手取り額を最大化しやすいのが特徴です。

オーナー社長個人の所得を最大化する方法

株式譲渡の最大のメリットは、所得税・住民税・復興特別所得税を合計した一律20.315%という税率で課税されることです。通常の所得税は累進課税が適用されるため、所得が多くなるほど税率が高くなりますが、株式譲渡所得は譲渡対価の多寡に関わらず一律で税率が固定されているため、高額な譲渡益を得る場合でも、税負担を抑えられることが特徴です。

具体的な税務対応例

オーナー社長個人が株式を譲渡する際、次のような方法を用いて所得を最大化できます。

1. 株式譲渡と退職金の併用  

株式譲渡による対価をすべて譲渡所得として受け取るのではなく、譲渡する際に役職を退任し、退職金を同時に受け取ることを検討します。退職金には退職所得控除が適用されるため、課税対象が実質的に半分に減り、税負担が軽減されます。また、退職金には最高で28%の税率が適用され、株式譲渡の税率(20.315%)と比較しても大きな差はありません。退職金と譲渡益を組み合わせることで、全体の税負担を最適化できます。

2. 家族や親族への株式分配による分散化  

事前に家族や親族に株式を分配し、各々が独立した個人株主として株式譲渡を行うことで、譲渡所得を分散し、総合的な税負担を軽減する方法もあります。この際には、事前に贈与税などの負担も考慮する必要がありますが、譲渡所得が分散されることにより累進課税の影響を抑えられます。

3. 株式の評価方法を見直す  

株式評価の際には、株式の「取得費」をいかに高くするかがポイントとなります。取得費が高ければ高いほど、譲渡所得は少なくなり、結果的に課税額も減少します。過去の株式取得時の価格や、相続などにより取得した株式の評価額を確認し、適切な評価を行うことが重要です。

【ケース2】事業譲渡を選択する場合のメリットと税務対応

事業譲渡は、会社全体を売却するのではなく、特定の事業を切り離して譲渡するスキームです。譲渡対象を特定できることから、売り手企業は不要な事業を整理し、譲渡対価を適正に設定することが可能です。ただし、事業譲渡に伴う税務上の課題は複雑であり、法人税や消費税など複数の税金を考慮しなければなりません。

法人税を圧縮する手法と注意点

事業譲渡で発生する法人税や消費税は、譲渡対価や譲渡資産の価値によって変動するため、税負担を抑えるための工夫が求められます。具体的には、譲渡対価の設定や、譲渡する資産の種類を調整することで、節税効果を得ることができます。

具体的な税務対応例  

事業譲渡の際に考慮すべき節税対策には、次のような方法があります。

1. 譲渡資産の調整と譲渡対価の最適化  

事業譲渡では、譲渡する資産の簿価と譲渡価格との差額が利益(譲渡益)として計上されます。そのため、事前に譲渡資産を見直し、不要な資産や損失が見込まれる資産を事前に処分しておくことで、譲渡益を抑えることができます。また、譲渡資産の中に減価償却資産を含めることで、買い手側が減価償却を再計上でき、税負担を軽減することも可能です。

2. 役員退職金の支給による法人税圧縮  

譲渡に伴い役員の退職を伴う場合、譲渡対価の一部を退職金として支給することで、法人税の課税所得を圧縮できます。役員退職金は売り手企業の損金として扱われるため、譲渡益を圧縮し、税負担を軽減することができます。ただし、過大な退職金の支給は税務リスクとなるため、支給金額の設定には注意が必要です。

3. 消費税の調整  

事業譲渡の際、譲渡対象資産の中に消費税の課税対象となる資産(建物や設備など)が含まれている場合、消費税負担を考慮し、売却価格を設定することが重要です。また、営業権も消費税の課税対象となるため、営業権の価格設定にも注意が必要です。

【ケース3】組織再編を活用する場合のメリットと税務対応

組織再編(会社分割、株式交換、株式移転など)は、売り手企業が企業グループ全体の再編を行う際に利用されるスキームです。組織再編を用いることで、株主の所有権を維持しながら、企業体制の変更やグループ内の資産整理を行うことができます。また、税制適格要件を満たせば、課税が繰り延べされるといった税務上の優遇措置を受けられることが特徴です。

税制適格要件を満たすための具体的なアプローチ

組織再編を行う際、税制適格要件を満たすか否かは税負担に大きく影響します。適格要件を満たせば、譲渡益や資産の評価差額に対する課税が繰り延べされ、現時点での税負担を回避できます。適格要件を満たすためには、経済的実質を伴った組織再編を行うことが求められ、形式上の再編では認められない点に注意が必要です。

具体的な税務対応例  

組織再編を行う際の税務対応としては、以下の点を考慮することが重要です。

1. 適格要件の確認と満たすための計画策定  

税制適格要件を満たすためには、組織再編が経済的合理性を持つこと

を証明する必要があります。例えば、企業グループ内の資産移転や株式交換を通じて、各企業の経済的価値や事業の持続可能性を高めることを目的として再編を行うことが条件となります。

2. グループ内再編による損益の相殺

グループ会社内での組織再編を行う際、損失を計上する企業と利益を計上する企業を組み合わせて再編を行うことで、グループ全体としての損益を相殺し、税負担を軽減することができます。

3. 税務リスクを伴うケースの洗い出し  

組織再編では、株式の交換や移転、合併などによって譲渡損益が発生し、これに対して課税されるリスクが伴います。特に適格要件を満たさない再編では、時価評価を用いた課税が行われるため、事前にリスクを精査し、要件を満たすよう計画を立てることが重要です。

組織再編は、複雑な手続きや税務対応が求められるため、実行する際には専門家のサポートを受けながら進めることが推奨されます。適切な対応を行うことで、売り手企業の資産を効率的に整理し、税負担を最小限に抑えた再編を実現できます。

まとめ: M&Aで売り手側になるなら税金も考慮して!

M&Aにおける税務戦略は、売り手にとって非常に重要な要素であり、最終的な手取り額を大きく左右します。譲渡スキームごとの税金の特徴を正しく理解し、適切な節税方法を取り入れることで、譲渡益の最大化を目指すことができます。

本記事では、売り手が検討すべき代表的な3つのM&Aスキーム(株式譲渡、事業譲渡、組織再編)について、発生する税金の種類や節税方法を詳述しました。各スキームにはそれぞれメリットとデメリットがあるため、自社の状況や経営者の将来設計に合わせて最適な手法を選択することが大切です。

M&Aを成功させるためには、税務対策を含めた綿密な計画を立て、実行することが不可欠です。税理士やM&Aの専門家と協力しながら、自社にとって最も有利なスキームと税務対応を選び、納得のいく取引を実現させましょう。

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