農業におけるM&Aの手法とは?プロセス・事例を解説!

農業業界では、担い手不足や高齢化、後継者問題などの課題が山積しています。こうした問題を解決し、事業の安定化や成長を図るために、農業分野におけるM&A(企業の合併・買収)が注目されています。本記事では、農業M&Aの主な手法や成功のためのプロセスを解説し、実施時の注意点についても説明します。

この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)

農業におけるM&Aの現状と動向

農業業界は、他の産業と比べて事業承継や規模拡大に大きな課題を抱えています。特に深刻な問題となっているのが、農業従事者の高齢化と後継者不足です。農林水産省の調査によると、農業従事者の平均年齢は67歳と非常に高く、担い手不足が業界全体の成長を阻害しています。この状況により、多くの農家や農業法人が事業の継続を断念し、廃業に追い込まれるケースが増えています。

また、後継者がいないために親族内での事業承継が難しい農業経営体が増加しており、外部の第三者に経営を引き継ぐことを目的としたM&A(合併・買収)への関心が高まっています。農業分野のM&Aは、後継者不足を解消し、地域農業の持続可能性を確保するための重要な手段となりつつあります。

さらに、近年の新型コロナウイルスの影響により、外食産業や観光業の低迷が農産物の需要にも大きな打撃を与え、経営状態が悪化している農家や農業法人が増えています。こうした背景から、規模の拡大や経営基盤の強化を目的とした農業分野のM&Aは、従来よりも活発化しています。

農業M&Aが注目される背景

農業M&Aが注目される背景には、以下の3つの要因があります。

1. 担い手不足と高齢化の進行

農業従事者の高齢化が進む一方で、若年層の就農者が減少しており、農業の担い手不足が深刻化しています。令和2年の調査では、農業従事者のうち65歳以上の割合が約70%に達しており、後継者が不在のまま廃業を選択するケースが増えています。この問題を解消するための手段として、M&Aを通じた第三者への事業承継が注目されています。

2. 規制緩和と農業経営の法人化

平成21年および平成27年の農地法改正により、農業法人の設立が容易になったことや、農業経営の法人化を促進する政策が進められていることが、農業分野のM&Aを後押ししています。これにより、個人経営から法人経営へと移行する農業事業者が増え、事業売却や買収がしやすい環境が整いつつあります。また、農地法改正に伴い、リース法人や農地所有適格法人など、法人格を持つ企業の設立も増加しており、これらの法人を対象としたM&Aが活発化しています。

3. スマート農業の普及と異業種の参入

農業分野では、IT技術やロボット技術を活用した「スマート農業」が普及しつつあります。特に、デジタル技術を取り入れた農作業の効率化や、収穫量や品質をデータで管理するシステムの導入により、経営の効率化と利益率の向上が期待されています。このようなスマート農業の普及により、従来農業とは縁遠かった異業種(食品メーカー、IT企業、流通業など)の企業が農業分野に参入し、M&Aを通じた事業拡大を図るケースも増えています。異業種による農業事業への参入は、農業の経営基盤を強化するだけでなく、農業従事者の高齢化や後継者不足といった課題の解決に向けた新しいモデルケースとして期待されています。

農業分野のM&A事例

ここでは、農業分野における具体的なM&A事例をいくつか紹介し、業界の動向を理解しやすくします。

1. 大和フード&アグリ株式会社と株式会社スマートアグリカルチャー磐田のM&A  

2021年10月、大和フード&アグリ株式会社が株式会社スマートアグリカルチャー磐田(以下、「SAC磐田」)へ資本参加と経営参画を行った事例です。大和フード&アグリは大和証券グループ本社の子会社であり、食や農業に関するビジネスを展開しています。SAC磐田は最先端の設備を用いた農業法人で、パプリカなどの野菜を安定的に生産しています。このM&Aにより、両社は農業の効率化と生産規模の拡大を図り、農業の活性化を目指しました。

2. H.A.S.E.株式会社による神栄アグリテック株式会社の買収  

2021年7月、H.A.S.E.株式会社が神栄株式会社の子会社であった神栄アグリテック株式会社の全株式を取得し、子会社化した事例です。神栄アグリテックは福井県を拠点とする農業事業を行っていましたが、親会社である神栄株式会社は他部門との相乗効果が見込めず、農業事業からの撤退を決定しました。H.A.S.E.株式会社は生産力強化を目的に、この買収を行い、農業事業の効率化を図ることを目指しています。

3. ベルグアース株式会社と伊予農産有限会社の経営統合  

2021年10月、ベルグアース株式会社が伊予農産有限会社を株式交換によって完全子会社化した事例です。ベルグアースは野菜苗などの製造・販売を行う企業で、伊予農産は種苗の生産会社です。経営統合によって、両社は競争力を強化し、事業の成長を目指しています。

農業M&Aの主な手法

農業M&Aを進める際には、他業種と同様にいくつかの手法が選択肢として挙げられますが、農業特有の法規制や産業構造を考慮する必要があります。一般的な農業M&Aの手法には「株式譲渡」「事業譲渡」「合併(吸収合併・新設合併)」「農地所有適格法人の取得」「農事組合法人の譲渡・合併」があり、売り手および買い手の目的や状況に応じて最適な方法を選ぶことが重要です。以下では、それぞれの手法について概要とメリット・デメリットを解説します。

株式譲渡

株式譲渡は、M&A対象企業の株主が保有する株式を買い手に譲渡し、その結果、買い手が経営権を取得する手法です。株式譲渡によって、買い手は対象企業の株式を一定割合以上取得することで、その企業の経営支配権を得ます。農業法人の株式譲渡は、特に規模の大きい農業法人や農業経営を法人化している場合に多く用いられます。

株式譲渡は、対象企業の経営体制や事業の構造をそのまま維持できるため、譲渡後の事業継続性を確保しやすいのが特徴です。また、契約や従業員との関係もそのまま引き継がれるため、取引先や従業員に与える影響が比較的少なく、スムーズな経営移行を行いやすい点が挙げられます。

メリット

株式譲渡には以下のようなメリットがあります。

1. 手続きの簡易さ  

株式譲渡は、売り手と買い手が合意した株式の譲渡契約を締結するだけで完了するため、他の手法と比較して手続きが簡易です。また、売り手企業の資産や負債、契約関係はそのまま存続するため、許認可の取り直しや契約の更新が不要であり、迅速な事業移行が可能です。

2. 事業の一体性を保てる  

株式譲渡では、会社そのものの形態が維持されるため、従業員や取引先との関係をそのまま維持できます。これにより、従業員の離職や取引先の契約解除といったリスクが低減され、事業の一体性が保たれる点が大きなメリットです。

デメリット

一方、株式譲渡には以下のようなデメリットもあります。

1. 簿外債務や偶発債務のリスク  

   株式譲渡では、売り手企業が保有するすべての資産と負債を買い手が引き継ぐことになります。そのため、デューデリジェンス(事前調査)で把握できなかった簿外債務や、未払残業代などの偶発債務のリスクも承継することとなり、予想外のコストが発生する可能性があります。

2. 不要な契約や負債の引き継ぎ  

   株式譲渡では、取引先との契約や既存の負債もそのまま引き継がれるため、買い手が望まない契約条件や負債も引き受けることになりかねません。契約内容や負債の有無を事前に十分確認することが重要です。

事業譲渡

事業譲渡は、売り手企業が保有する事業の全部または一部を、資産や負債を含めて個別に移転する手法です。農業分野では、農地や農業機器、特定の生産設備など、特定の資産を売却したい場合や、農地所有適格法人に認定されていない企業を売却する際に用いられます。

事業譲渡では、売り手企業が選定した資産や負債のみを移転するため、企業全体の株式を移すことに比べてリスクが限定されるのが特徴です。このため、特定の農業事業のみを売却する場合や、農地や施設を切り離して譲渡する場合に適しています。

メリット

事業譲渡には以下のようなメリットがあります。

1. 譲渡対象を柔軟に選定できる  

事業譲渡では、売り手企業が譲渡する事業や資産・負債を個別に選定できるため、必要な事業のみを売却・取得できます。これにより、売り手企業は不要な資産や負債を手元に残すことができ、買い手は負担を軽減しつつ必要な事業のみを取得することが可能です。

2. リスクを最小限に抑えられる  

株式譲渡のようにすべての資産・負債を引き継ぐ必要がないため、簿外債務や偶発債務などのリスクを回避でき、買い手にとっても安心して譲受を進められます。

デメリット

一方、事業譲渡には以下のようなデメリットもあります。

1. 手続きが煩雑で時間がかかる  

   事業譲渡では、資産や負債の移転手続きに加え、契約内容の見直しや取引先の同意取得、農地や設備の許認可の再取得が必要となるため、手続きが煩雑で時間がかかることが多いです。特に、農業分野では農地法の規制により、農地の売買や賃借に関する許認可の取得も求められることがあります。

2. 譲渡後の事業の一体性が崩れる可能性  

   事業譲渡では、売り手企業の特定の事業や資産・負債のみを移転するため、企業全体のバランスや一体性が崩れる可能性があります。特に、従業員が残留する企業と譲渡される企業に分かれるケースでは、従業員のモチベーション低下や離職リスクが生じやすくなります。

合併(吸収合併・新設合併)

合併は、複数の法人を一つに統合する手法です。合併には、吸収合併と新設合併の2種類があり、それぞれに特徴があります。吸収合併では、一方の法人が他方の法人を吸収し、吸収される法人は消滅します。一方、新設合併では、既存の複数の法人がいずれも消滅し、新たに法人を設立する形で合併が行われます。

農業分野で合併を行う際には、事業の効率化や規模拡大を目的とするケースが多く、特に親族外の第三者への事業承継が難しい場合に用いられることがあります。

メリット

合併には以下のようなメリットがあります。

1. 事業規模の拡大と経営基盤の強化  

合併を行うことで、事業規模の拡大と経営基盤の強化が図れます。特に、吸収合併では吸収される法人の資産や技術、従業員などをそのまま引き継ぐため、買い手企業の資本力を活用して迅速な事業成長が期待できます。

2. コスト削減とシナジー効果の創出  

合併によって、両法人の重複する業務や部署を統合することができ、コスト削減や効率化が実現できます。また、異なる技術や販路、ノウハウの組み合わせによりシナジー効果を生み出し、事業の競争力を強化できます。

デメリット

一方で、合併には以下のようなデメリットがあるので注意が必要です。

1. 組織文化や経営方針の衝突  

合併では、異なる法人の組織文化や経営方針の違いが表面化し、組織統合に時間がかかる場合があります。特に、経営陣同士の対立や従業員同士の軋轢が生じることが多く、事業統合に支障をきたす恐れがあります。

2. 農地所有適格要件の見直しが必要  

農業法人間での合併の場合、農地法に基づく農地所有適格要件を満たす必要があるため、合併後の法人が適格要件を維持できるように、議決権の調整や役員構成の見直しが求められる場合があります。

農地所有適格法人の取得

農地所有適格法人の取得とは、農業法人を買収する際に重要となる手法の一つです。農業法人が農地を所有するためには、「農地法」に基づく農地所有適格法人の要件を満たしていなければなりません。この要件を満たすことにより、法人が農地を合法的に所有・利用できるようになります。

農地所有適格法人の取得では、買い手企業が売り手企業の株式を買い取る、もしくは出資することでその経営権を取得し、法人の支配を確立することを指します。この手法を用いることで、農地所有適格法人としての経営体を維持したまま農業を継続できるため、農地の利用権を確保しつつ、事業承継を行うことが可能です。

メリット

農地所有適格法人の取得には以下のようなメリットがあります。

1. 農地の利用権を確保できる  

農地所有適格法人の取得を行うことで、買い手企業はその法人が保有する農地を合法的に利用・運営できるようになります。農地法の規制により、農地の売買や賃借には厳しい条件が課されていますが、適格法人を取得することで、買い手企業は農地を活用した事業展開が容易になります。

2. 農地所有適格要件の維持が可能  

農地所有適格法人の要件は、役員や株主の構成、事業内容など、複数の条件を満たす必要がありますが、既に適格要件を満たしている法人を取得することで、買い手企業は新たに要件を満たす手続きの手間を省くことができます。特に、農業以外の業種からの参入では、この手続きの負担軽減が大きなメリットとなります。

デメリット

一方で、農地所有適格法人の取得には以下のようなデメリットがあります。

1. 農地所有適格要件の変更リスク  

農地所有適格法人を取得した後も、要件を満たし続けなければなりません。例えば、議決権要件(総議決権の過半数を農業に従事する者が保有していること)や経営体制の要件が変更された場合、その要件を満たさなくなった法人は農地を所有できなくなる可能性があります。そのため、取得後も適格要件を維持できるよう、経営体制の管理が求められます。

2. 取得手続きが複雑で時間がかかる  

農地所有適格法人を取得するには、農地法に基づく許可や届出が必要です。この手続きは、他の法人を取得する場合と比べて複雑であり、取得までに時間を要することが多いです。特に、農業に関する許認可の見直しや役員構成の変更など、手続きに伴うコストも考慮する必要があります。

農事組合法人の譲渡・合併

農事組合法人は、農業協同組合法に基づいて設立される法人であり、農業生産における協業や共同利用施設の設置を目的としています。農事組合法人は、通常の株式会社とは異なり、組合員による経営が行われるため、組合員の賛同を得ることがM&Aの成否を分ける重要な要素となります。

農事組合法人を譲渡・合併する場合、持分の譲渡や組合員の入れ替え、あるいは合併によって組織の統合を行います。特に、組合員の過半数が農業従事者である必要があるため、買い手企業は農業の実務経験を持つ人材を役員として任命するなど、適格要件を維持するための体制構築が求められます。

メリット

農事組合法人の譲渡・合併には以下のようなメリットがあります。

1. 地域社会との関係を維持できる  

農事組合法人は、地域の農業者が集まって設立されるため、地域社会とのつながりが深いのが特徴です。農事組合法人の譲渡・合併を通じて地域社会との関係を維持することができるため、地域農業の発展に貢献することが可能です。また、買い手企業は地域コミュニティとの連携を強化し、地域ブランドの向上を図ることもできます。

2. 農業者同士の協業を活かせる  

農事組合法人は、農業者が共同で設備を利用したり、農作業を分担することで効率的な農業経営を行うことを目的としています。農事組合法人の譲渡・合併を行うことで、農業者同士の協業をさらに強化し、農業経営の効率化や生産性の向上を図ることができます。

デメリット

一方で、農事組合法人の譲渡・合併には以下のようなデメリットがあります。

1. 組合員の同意取得が必要  

農事組合法人の譲渡や合併には、組合員の同意を得ることが不可欠です。組合員の多くが同意しない場合、譲渡や合併が成立しないため、M&Aのプロセスが遅延することがあります。また、組合員同士の意見の対立や調整が難航するケースも少なくありません。

2. 役員や議決権構成の見直しが必要  

農事組合法人は、農地所有適格要件と同様に、役員や議決権構成に制限があります。これらの要件を満たしつつ譲渡や合併を行うには、買い手企業が適切な人材を確保し、組合員として迎え入れることが求められます。要件を満たせない場合、農事組合法人としての法人格を維持できず、農地の利用や事業の遂行に支障をきたす恐れがあります。

農業M&Aのプロセス

農業分野のM&Aを成功させるためには、適切なプロセスに従い、各ステップでの準備と対応を確実に行うことが重要です。農業M&Aは、農業固有の規制や取引慣習、地域コミュニティとの関係性など、一般的なM&Aとは異なる要素が多いため、これらの特性を理解した上で計画を進める必要があります。ここでは、農業M&Aを進める際の基本プロセスと、各ステップにおける注意点について解説します。

1. M&Aの検討と準備

M&Aを実施する際には、まずその必要性を検討し、事前準備を行うことが成功への第一歩となります。特に農業M&Aでは、地域の特性や農地法による規制を考慮しなければなりません。また、買い手企業が他業種の場合、農業に対する理解を深め、事業運営の具体的なプランを立てることが求められます。

M&Aを検討する際のポイント

農業M&Aを検討する際には、以下のような要素を考慮します。

1. 事業の将来性と成長可能性の評価  

売り手企業の事業が今後どの程度成長可能であるかを評価します。農業経営は、地域の気候や土壌、作物の種類によって大きく成長性が変わります。買い手は、事業を引き継いだ後にどのような形で成長させるかを明確にし、売り手に対してそのビジョンを共有することが重要です。

2. 事業承継の目的の明確化  

売り手企業がM&Aを行う目的を明確にすることも重要です。例えば、後継者不足による事業承継のためか、事業の規模を拡大するためか、それとも経営資源の有効活用や新規事業への進出が目的なのかによって、M&Aの進め方が異なります。買い手企業は、売り手の目的を理解し、それに沿った提案を行うことが求められます。

事前準備として行うべきこと

事前準備として、以下のポイントを押さえておきましょう。

1. 企業価値向上の施策を講じる  

M&Aを実施する前に、売り手企業は企業価値の向上を図ることが望ましいです。具体的には、財務状況の改善や負債の整理、事業計画の見直し、農地や設備の状態を整備することが挙げられます。特に、農地の整備や農機具のメンテナンスをしっかり行うことで、買い手に好印象を与え、交渉を有利に進めることができます。

2. 内部体制の整備とドキュメンテーション  

M&Aに備えて、内部の体制を整え、必要な資料を整理しておくことも重要です。売り手企業は、財務諸表や事業計画書、資産の一覧表などを整備し、情報開示に備える必要があります。また、従業員や取引先への説明を行い、M&Aに対する理解と協力を得ることも準備段階で欠かせない作業です。

2. 相手企業の選定と交渉

M&Aの目的が明確になったら、次に行うべきは相手企業の選定と交渉です。売り手企業としては、信頼できる買い手企業を見つけ、事業を安心して託せるかを重視する一方、買い手企業は売り手の事業が自社の戦略やニーズに適合しているかを見極めます。相手企業の選定から交渉に至るまでのステップでは、双方の企業が求める条件や価値観をすり合わせていくことが重要です。

売り手・買い手の企業選定方法

売り手・買い手の企業を選ぶ場合には次のポイントに注意しましょう。

1. 売り手企業の選定基準  

買い手企業は、農地の保有状況、作物の種類や生産性、地域における評判、経営者のビジョン、従業員のスキルやモチベーションなど、複数の観点から売り手企業を選定します。特に、農地の所有形態や適格法人の要件を満たしているかどうかは重要な選定基準です。

2. 買い手企業の選定基準  

売り手企業は、買い手企業の資本力、農業に対する理解度、事業承継後の経営方針や従業員の処遇、地域社会との関係をどのように維持・発展させるかといった点を重視します。買い手が他業種の場合は、農業経営における実績やノウハウがどの程度あるかも考慮されます。

交渉時に確認すべき事項

交渉を行う際には、以下のような点について事前に確認しておくことが重要です。

財務状況の確認  

売り手企業の財務諸表を確認し、負債の状況やキャッシュフロー、収支構造を把握します。特に、売り手企業が農業用ローンを利用している場合、その返済状況や担保としての農地の評価を確認します。

契約内容と合意条件の確認  

売買契約の内容について、双方が合意した条件を詳細に確認します。特に、農地の譲渡に伴う許認可の問題や、農業設備の譲渡、従業員の処遇、取引先との契約引き継ぎなど、細かな点まで確認することが求められます。

シナジー効果の検証  

買い手企業と売り手企業の統合によるシナジー効果(相乗効果)を検討します。例えば、既存の農地や生産設備を活用してコスト削減が見込めるか、販売チャネルの拡大によって売上増加が期待できるかを検証します。

3. デューデリジェンスの実施

デューデリジェンス(Due Diligence)とは、買い手企業が売り手企業の財務、法務、事業の実態について詳細に調査することを指します。デューデリジェンスは、M&Aにおけるリスク評価と、適正な買収価格を決定するための重要なプロセスです。農業M&Aの場合、農地の状況や農機具の状態、労務管理の実態など、特有の要素を調査する必要があります。

デューデリジェンスの内容と目的

デューデリジェンスには以下のような種類があります。

1. 財務デューデリジェンス  

売り手企業の財務状況を分析し、簿外債務の有無や将来的な収益性を検証します。特に、農業事業では作物の生産性や季節変動の影響が大きいため、収支構造や売上の安定性を正確に評価することが重要です。

2. 法務デューデリジェンス  

農地の所有権や借地権の状況、労務契約や農業に関する各種許認可の取得状況を確認します。農地法に基づく規制が複雑なため、適正に農地を所有・利用しているか、各許認可が有効であるかを調査することが必要です。

3. 事業デューデリジェンス  

農作物の生産状況や栽培計画、農機具のメンテナンス状況、労務管理の実態を確認します。特に、未払残業代の有無や従業員の年齢構成、労働時間の状況など、労務に関するリスクはしっかりと把握しておかなければなりません。

デューデリジェンスで確認すべき具体的なポイント

デューデリジェンスでは以下のポイントを押さえましょう。

農地の状態  

農地の土壌状態、灌漑設備の整備状況、農薬や肥料の使用実態などを確認し、農業経営を維持できる環境が整っているかをチェックします。

農機具のメンテナンス状況  

トラクターや耕運機、散水システムなどの農機具が適切に維持管理されているかを確認します。これにより、設備投資の必要性を把握し、将来的なコストを見積もることができます。

労務管理の実態  

労働者の契約内容、雇用形態、福利厚生の状況、労働環境の安全性を確認し、従業員の労働条件が適切であるかを調査します。

4. 最終契約の締結とクロージング

デューデリジェンスが完了した後は、最終契約の締結とクロージング手続きに進みます。最終契約では、譲渡金額や条件、引き継ぎ後の義務や責任、表明保証条項などが含まれ、法的拘束力を持つ契約書が作成されます。

最終契約締結における注意点

最終契約を締結する際には、表明保証条項や特別保証条項などの細かな条件を確認し、違反があった場合の対応や補償についても合意しておくことが重要です。特に、農業のM&Aでは、気候変動や自然災害による生産量の変動リスクが高いため、契約書にリスク回避の条項を盛り込んでおくと安心です。

クロージング後の手続き

クロージングでは、農地の譲渡登記や許認可の名義変更、取引先への事業承継の通知など、各種手続きを行います。また、クロージング後は、スムーズな事業運営を行うために、新経営体制への移行や従業員の処遇改善、農業計画の見直しなどを実施し、M&A後の経営を安定化させる取り組みを進めていきます。

農業M&Aを成功させるためのポイント

農業M&Aは、事業の承継や規模の拡大を図るための重要な手段ですが、成功させるにはいくつかのポイントを押さえておくことが必要です。特に農業業界特有の要素として、農地法による規制や地域との関係、農作物の品質管理など、他業種のM&Aとは異なる注意点が多く存在します。売り手と買い手の双方にとって、どのような要点に注目し、どのように準備を進めるかが、成功のカギとなります。

ここでは、売り手と買い手の視点からそれぞれ成功のポイントを解説し、農業M&Aを円滑に進めるためのヒントを提示します。

売り手側の成功ポイント

売り手側にとって、農業M&Aを成功させるためには、企業価値を高める施策を講じることと、適切なタイミングでの売却を見極めることが重要です。特に、農地の整備や農作物の品質向上、財務体制の強化などは、売却価格を上げ、交渉を有利に進める上で効果的です。

1. 事業価値を高めるための施策

売り手企業が事業価値を最大化するためには、農地や農作物、経営基盤の改善を図ることが求められます。以下に、具体的な施策を紹介します。

1. 農地の整備と改善  

買い手企業は、農地の状態を非常に重視します。したがって、売却前に田畑の整備や灌漑設備の改善、土壌改良などを行い、農地の品質を向上させることが重要です。雑草の除去や水はけの改善など、農地を良好な状態に保つことが、M&A交渉において良い印象を与え、売却価格を引き上げる要因となります。

2. 農作物の品質向上と生産管理体制の確立  

作物の品質は、売り手企業の価値を評価する上で重要な指標となります。例えば、作物の形や味、栄養価などの品質向上を図り、消費者や買い手企業から高評価を得ることが、売却時にプラス材料となります。生産管理体制を整え、安定して高品質の作物を生産できることを証明できれば、買い手企業にとってのリスクを軽減することができます。

3. 事業基盤の強化  

経営基盤の強化は、M&Aにおいて売り手企業の魅力を高める施策の一つです。財務体質を改善し、経営の透明性を高めるとともに、従業員の雇用条件を整備し、労務管理体制を強化しておくことで、買い手企業からの信頼を得やすくなります。また、事業計画や戦略を明確に示し、M&A後の事業展開についても売り手の意見を伝えることは、交渉をスムーズに進める上で重要です。

2. 適切な売却時期の選定と準備

売却のタイミングも、農業M&Aを成功させるための重要な要素です。以下のポイントを考慮して、適切な時期を見極めましょう。

1. 業績が好調なタイミングでの売却  

企業や事業の業績が好調なタイミングで売却を検討することが、売却価格を最大化させるための基本です。農業分野では、収穫期や繁忙期に業績が良好になるケースが多いため、その時期を狙って買い手にアピールすることが効果的です。

2. 地域の状況や規制緩和を考慮する  

地域の状況や法規制の変更も、売却時期を決定する際の判断材料となります。例えば、農地法の改正によって新たな買い手が増加するタイミングや、地域の農業政策による支援が見込まれる場合は、売却の好機となる可能性があります。

3. 早期からのM&A準備の重要性  

M&Aを成功させるためには、早い段階から準備を進めることが重要です。売却を決断する1~2年前から事業価値向上の施策を講じ、事業を魅力的な状態に保っておくことが、良好な条件での売却を実現する鍵となります。

買い手側の成功ポイント

買い手側にとって、農業M&Aを成功させるためには、売り手企業の適切な選定と、詳細なデューデリジェンスを通じてリスクを見極めることが重要です。特に、農業特有のリスク要因や法規制を把握し、慎重に検討することが求められます。

1. M&Aに適した農業法人・個人農家の見極め方

買い手企業がM&A対象として適した農業法人や個人農家を見極める際には、以下のポイントを考慮しましょう。

1. 農地の所有形態と権利関係の確認

農地は、その所有形態や権利関係が非常に複雑です。買い手は、農地の所有者が誰であるか、賃借やリース契約が適切に管理されているか、農地法に抵触していないかなどを確認し、法的リスクがないかを調査する必要があります。また、農地所有適格法人としての要件を満たしているかも重要なポイントです。

2. 財務状況と収益性の確認  

売り手企業の財務状況を確認し、事業の収益性や経営の健全性を評価します。特に、農業分野では季節的な収支変動が大きいため、過去数年分の財務データをもとに安定性を確認することが求められます。

3. 生産設備と技術力の確認  

農機具や生産設備が適切に管理されているか、技術力が高いかどうかも、買収後の経営に影響を与える要素です。最新の農業技術やスマート農業を取り入れているかどうかも、M&Aの判断基準となるでしょう。

2. デューデリジェンスで重点的に確認すべきポイント

デューデリジェンスの実施は、買い手企業が売り手企業を詳細に調査し、リスクを評価するための重要なプロセスです。特に農業M&Aでは、以下のポイントに重点を置いて調査を進めましょう。

1. 許認可の確認  

農業事業を行うために必要な許認可が適切に取得されているかを確認します。特に農地法や農業経営に関する法令に従っているか、行政機関への届出が適切に行われているかなどを調査します。農地所有適格法人としての要件を満たしているか、リース契約や借地契約に問題がないかを確認することも重要です。

2. 農地の状態と農機具のメンテナンス状況  

農地の整備状況や土壌の質、灌漑設備の整備度合いを確認し、農業を継続できる環境が整っているかをチェックします。また、トラクターやコンバインなどの農機具が適切にメンテナンスされているか、老朽化が進んでいないかを調査し、将来的な設備投資の必要性を見極めます。

3. 労務管理と従業員の状況  

農業に従事する従業員の雇用形態や労働条件、福利厚生の状況を確認し、買収後の雇用維持や従業員の定着に問題がないかを検討します。また、労働環境が法令に従って整備されているか、未払残業代などの労務リスクが存在しないかも重要なチェック項目です。

買い手企業は、デューデリジェンスを通じて潜在的なリスクを見極め、買収の判断を行います。農業特有のリスクや法規制を踏まえた上で慎重に判断を下し、M&A後の安定した事業運営を目指しましょう。

農業M&Aを実施する際の注意点

農業M&Aは、他業種と比べて特有の課題やリスクが多く存在します。農地法や農業関連の規制に基づく煩雑な手続き、自然災害による経営リスク、そして地域との関係性など、通常の企業買収とは異なる点を慎重に考慮しなければなりません。これらの要素を軽視してしまうと、M&Aの交渉が長期化したり、M&A後の経営に支障をきたしたりすることがあります。以下では、農業M&Aを実施する際に特に注意すべきポイントを解説し、失敗を防ぐための具体的な対策を紹介します。

許認可手続きの煩雑さ

農業M&Aにおいては、農地法や農業経営に関連する規制に基づく許認可の手続きが非常に複雑であり、これが大きなリスク要因となることがあります。特に農地を売買する際には、原則として農業委員会や市町村からの許可を得る必要があるため、これらの手続きを円滑に進めることが重要です。

農地法に基づく許認可取得の手間と注意点

農業のM&Aを実施する際、最も大きな障壁となるのが農地法に基づく許認可手続きです。農地法では、農地の売買や貸借、権利の移転に関して厳しい規制が設けられており、農地を所有するためには「農地所有適格法人」であることが求められます。農地所有適格法人とは、農地法第2条第3項で定められた要件を満たす法人であり、農業従事者の割合や議決権の配分などが厳密に規定されています。

この要件を満たさない場合、農地を所有することができず、事業運営に制約が生じるため、事前に農地所有適格法人としての資格を取得しておくことが必要です。さらに、農業法人をM&Aで取得する場合、既存の農地所有適格法人の要件を満たし続けるために、買い手企業の役員構成や経営体制の変更を伴うことも少なくありません。

許認可を取得するためには、財務情報や経営体制の詳細を行政機関に提出し、審査を受ける必要があります。許可を得るまでに数カ月を要することもあり、買収プロセスが長期化するリスクがあります。また、許可が下りないケースや追加書類の提出を求められるケースもあるため、農業M&Aに精通した専門家のアドバイスを受けながら進めることが重要です。

許認可手続きのリスクを軽減する方法

許認可手続きのリスクを軽減するうえでは、以下のポイントをしっかり押さえておきましょう。

1. 事前の準備と許認可取得のスケジュール管理  

許認可取得には長期間を要する場合があるため、事前に農業委員会や関連機関と相談し、スケジュールを管理することが重要です。M&Aプロセスの中で許認可手続きが遅れると、クロージングが先延ばしになり、交渉そのものが破談となるリスクもあるため、余裕を持った計画を立てましょう。

2. 専門家の活用と法務の確認  

農地法や許認可に関する知識を持ったM&Aの専門家や弁護士を活用し、適切なアドバイスを受けながら進めることがリスク軽減につながります。特に、農地所有適格法人や農業協同組合の取り扱いに詳しい専門家を交えてプロジェクトを進行することで、スムーズな許認可取得を目指しましょう。

自然災害リスクの評価

農業は、自然環境に強く依存しているため、自然災害によるリスクが他の業種よりも高いと言えます。台風、豪雨、干ばつ、地震などの災害は、作物の収穫や農地の状態に直接的な被害を与え、M&A後の経営に大きな影響を及ぼす可能性があります。特に、クロージングの直前や契約締結後に自然災害が発生した場合、交渉の中断や契約条件の見直しが必要となることもあるため、リスク管理が重要です。

自然災害によるクロージングや経営の遅延リスクと、その対策

農業M&Aでは、自然災害リスクを考慮して交渉を進めることが不可欠です。クロージング直前に災害が発生した場合、農地や作物、設備が被害を受け、当初の評価額から大幅に価格が変動することも考えられます。そのため、買い手企業はデューデリジェンスの段階で、売り手企業が過去にどの程度自然災害の影響を受けてきたか、被害が発生した際の対応策が講じられているかを確認し、リスク評価を行うことが必要です。

また、クロージング後に災害が発生した場合、売り手企業から引き継いだ農地や設備の修復に多額のコストがかかる場合があります。こうした事態に備えて、売買契約書には自然災害発生時の対応や補償に関する条項を盛り込んでおくことが望ましいでしょう。

自然災害リスクを軽減する方法

農業は自然を相手にするビジネスであるため、自然災害のリスクの管理も欠かせません。以下では、自然災害リスクを軽減するための方法を解説していきます。

1. 災害リスクの事前調査と保険の活用  

自然災害リスクを軽減するためには、デューデリジェンスの際に農地や設備の災害耐性を確認し、災害履歴を調査することが重要です。さらに、農地や設備を対象とした災害保険に加入しておくことで、万が一の際にも補償を受けられるよう備えておくことがリスク軽減につながります。

2. 売買契約書への補償条項の盛り込み  

売買契約書に自然災害リスクが顕在化した際の補償条件や対応策について明記することも有効です。クロージング前後に発生した災害について、売り手と買い手の責任を明確にしておくことで、トラブル発生時の対応をスムーズに進めることができます。

従業員や取引先との関係性の維持

農業M&Aを実施する際、もう一つ重要な注意点として、従業員や取引先との関係性をどのように維持するかがあります。特に、地域に根ざした農業法人や家族経営の個人農家の場合、従業員や取引先との信頼関係が事業運営において非常に重要な役割を果たしています。そのため、M&A後にこれらの関係が悪化すると、経営に大きな支障をきたす恐れがあります。

M&A後に従業員の離職や取引先の契約打ち切りを防ぐ方法

M&Aを実施した後、経営体制の変化や事業方針の変更に伴い、従業員が不安を感じたり、取引先が契約を打ち切るケースが見受けられます。特に、農業分野では、地域との結びつきが強いことから、買収によって経営のスタイルや方針が大きく変わると、地域社会との関係性も崩れかねません。

関係性の維持を図るための具体的な方法

農業のM&Aにおいては、従業員や取引先との関係維持を図ることが特に重要です。以下では、信頼関係を維持するためのポイントを解説します。

1. 事前のコミュニケーションと情報共有  

M&Aの実施にあたっては、従業員や取引先に対して事前にしっかりと情報を共有し、経営方針の変更点や今後の事業計画について説明することが重要です。特に、M&Aによって雇用がどのように維持されるか、経営体制の変更がどのような影響をもたらすかについて丁寧に説明することで、不安を軽減し、信頼関係を維持することができます。

2. 従業員の福利厚生や雇用条件の維持・改善  

M&A後の従業員の離職を防ぐためには、雇用条件や福利厚生を維持、もしくは改善することが効果的です。買収先企業の文化や待遇に合わせることも一つの選択肢ですが、既存従業員が安心して働ける環境を整えることが最も重要です。

3. 取引先との契約の見直しと安定供給の確保  

   取引先に対しては、M&A後もこれまで通り安定して供給を続ける意向を示し、必要に応じて取引条件の見直しを行いましょう。また、可能であれば、買収企業のネットワークを活用して取引先の拡大を図ることも取引先との関係強化に繋がります。

農業M&Aを成功させるためには、これらの注意点を十分に理解し、綿密な準備とリスク管理を行うことが求められます。特に、地域との関係性を重視しながら、従業員や取引先の信頼を維持することが、長期的な事業の安定に寄与するでしょう。

まとめ: M&Aで農業の未来を切り拓くために

農業におけるM&Aは、他業種とは異なり、農地法や許認可手続き、自然災害リスク、地域社会との関係性など特有の課題を抱えています。そのため、M&Aを成功させるには、手法やプロセスを正しく理解し、事前の準備とリスク管理を徹底することが重要です。

この記事で紹介したように、農業M&Aには株式譲渡や事業譲渡、合併といったさまざまな手法があり、それぞれの特徴を把握することで、経営の目的に合った最適な方法を選ぶことができます。また、デューデリジェンスをはじめとするプロセスを着実に進め、許認可や従業員・取引先との関係維持といったポイントを押さえることで、M&A後の安定した経営を目指すことができるでしょう。

農業業界の変革期において、M&Aは事業承継や新規事業の参入、規模拡大を支える有力な手段です。農業の未来を見据え、M&Aの手法やプロセスについての理解を深め、準備を整えながら新たな可能性を切り拓いていきましょう。

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