M&Aは企業成長や事業拡大における重要な戦略の一つですが、税務面でも大きな効果を発揮する可能性があります。その中でも「繰越欠損金の引き継ぎ」は、節税の観点から注目されるポイントです。繰越欠損金は、過去に企業が抱えた損失を将来の利益から控除することができ、適切に活用することで税負担を大幅に軽減することが可能です。しかし、繰越欠損金の引き継ぎには複雑な条件や制限が存在し、すべてのM&Aでその恩恵を受けられるわけではありません。本記事では、M&Aにおける繰越欠損金の活用方法や制限について解説し、節税に使えるケースや注意点を明らかにします。
- この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)
M&Aで繰越欠損金を引き継げるのか?
M&Aにおいて、繰越欠損金の引き継ぎは、企業の税務戦略において重要な要素の一つです。繰越欠損金を活用できるかどうかで、M&A後の税負担を大幅に軽減することが可能となります。そのため、買収側の企業にとっては、繰越欠損金の引き継ぎができるかどうかが、投資判断において大きな意味を持つことがあります。
しかし、繰越欠損金を引き継ぐには、いくつかの条件が設定されており、全てのM&Aで自動的に引き継げるわけではありません。この記事では、まず繰越欠損金とは何か、その基本的な仕組みを解説した後、M&Aにおける引継ぎの可能性や条件について解説します。
繰越欠損金とは?
繰越欠損金とは、企業がある年度に発生した損失(赤字)を、次の年度以降に繰り越して将来の利益と相殺し、その結果として税負担を軽減する仕組みです。企業が事業を展開する過程で、一時的に赤字が発生した場合、その損失を次年度以降に黒字となった際に利用することで、法人税の支払いを減額することができます。これにより、企業は一時的な経営不振を乗り越え、財務上の安定性を維持することが可能です。
繰越欠損金は、税務申告で適切に申告されている場合、原則として10年間(平成30年4月1日以前に発生したものは9年間)繰り越すことが可能です。また、繰越欠損金を使えるかどうかは、企業の資本金や所有構造にも影響され、資本金1億円以下の中小企業であれば全額を利用できる一方で、大企業では利用額に制限がかかります。この制度は、企業が事業活動の中で発生した赤字を後に利益が出た際にカバーすることを目的としており、長期的な視点で企業経営をサポートする仕組みといえます。
M&Aで繰越欠損金を引き継ぐことができるのか?
M&Aにおいて繰越欠損金を引き継ぐことができるかどうかは、適格合併であるかどうかに大きく依存します。適格合併とは、税制上の一定の条件を満たす合併であり、これを満たすことで被合併会社の繰越欠損金を存続会社が引き継ぐことが認められます。適格合併の条件には、合併後に80%以上の従業員を引き継ぐこと、合併前の事業を引き続き行うこと、事業規模の差が5倍以内であることなどが含まれています。
一方、適格合併に該当しない場合は、繰越欠損金の引き継ぎが認められず、被合併会社の繰越欠損金は消滅してしまいます。これは、繰越欠損金が租税回避に利用されることを防ぐための措置であり、税制が適切に機能するように設定されています。
また、M&Aの際には、買収された企業の赤字を利用して節税を図るケースがよく見られますが、このような場合にも、繰越欠損金の引継ぎは厳格なルールに従って行われます。たとえば、支配関係発生後5年以内の合併や、両社の事業に関連性がない場合には、引継ぎが制限されることがあります。
M&Aにおける繰越欠損金の引き継ぎには、適格合併かどうかを確認し、必要な要件を満たしていることが不可欠です。適格合併の条件を満たしている場合には、税務上の大きなメリットが得られますが、そうでない場合は、節税効果を享受できないこともあるため、事前の調査と計画が重要です。
繰越欠損金の引継ぎ条件とは?
M&Aにおいて繰越欠損金を引き継ぐためには、単に会社を合併または買収するだけでは不十分です。繰越欠損金の引き継ぎは、厳格に定められた税法上の条件を満たさなければなりません。これらの条件は、租税回避行為を防ぎ、税制の公正さを保つために存在します。繰越欠損金の引き継ぎを許可されるケースは「適格合併」や「適格分割」など、特定の要件を満たす場合に限定されています。このセクションでは、適格合併とは何か、その要件を解説し、適格合併以外のケースでの繰越欠損金の引き継ぎについても触れていきます。
適格合併とは?
適格合併とは、繰越欠損金を引き継ぐために必要な条件を満たした合併のことを指します。適格合併として認められると、消滅会社(被合併会社)が有する繰越欠損金を存続会社(合併法人)が引き継ぐことができ、今後の利益と相殺して税負担を軽減することが可能になります。
適格合併の主な要件は、以下の通りです。
1. 従業者引継ぎ要件
被合併会社の従業員の80%以上が合併後も継続して雇用されることが求められます。この要件は、合併がただの形式的な手続きではなく、実際に事業が継続され、従業員も引き継がれることを重視しています。
2. 事業継続要件
被合併会社が合併前に行っていた主要な事業が、合併後の存続会社においても引き継がれる必要があります。これにより、合併が一方的な資産の移転や税負担の回避を目的としたものでないことが確認されます。
3. 事業関連性要件
被合併会社の事業と合併会社の事業が相互に関連していることも重要な要件です。例えば、被合併会社が製造業であり、合併会社が全く異なるサービス業である場合、事業の継続性がないとみなされ、適格合併の要件を満たさない可能性があります。
4. 事業規模要件
被合併会社の事業規模が合併会社と比較して著しく異ならないことも条件の一つです。具体的には、売上高や従業員数、資本金などが5倍を超えない範囲であることが求められます。この規定は、規模が大きく異なる企業間の合併が不自然なものでないかどうかを確認するためのものです。
5. 株式継続保有要件
被合併法人の株主が、合併後の新会社の株式を引き続き保有していることが条件です。これにより、合併が株式の売買や投機的な目的で行われたものでないことが確認されます。
これらの要件をすべて満たすことで、適格合併として認められ、繰越欠損金の引き継ぎが許可されます。適格合併の目的は、合併が実質的な事業継続を伴い、租税回避を目的としないことを証明することにあります。したがって、適格合併が認められるケースでは、企業間の統合が自然なものであり、合併後も経営や事業活動が一体となって続けられることが前提となります。
適格合併以外のケースでの繰越欠損金の引継ぎは?
適格合併以外のケース、つまり非適格合併の場合、繰越欠損金を引き継ぐことは原則として認められません。非適格合併に該当する場合、被合併会社が有する繰越欠損金は消滅し、将来の利益と相殺して節税効果を得ることはできなくなります。これは、適格合併が本質的に事業の継続と経営統合を目的としたものであるのに対し、非適格合併は租税回避の手段として利用されるリスクが高いためです。
非適格合併で繰越欠損金が消滅する理由は、合併が本来の事業目的から逸脱し、節税だけを狙ったものである可能性があるからです。租税回避を防ぐため、税務当局は非適格合併に対して厳しい制約を設けており、繰越欠損金が消滅するというペナルティを課しています。
また、非適格合併によって引き継げないのは繰越欠損金だけではなく、その他の税務上の特典も失われることがあります。特に、中小企業向けの税制優遇措置も利用できなくなるケースが多く、M&Aの前にはこれらの影響を十分に検討する必要があります。
ただし、全ての非適格合併が不利になるわけではなく、場合によっては非適格合併を選択することが合理的であるケースもあります。例えば、被合併会社の売却益が発生し、その売却益に対して繰越欠損金を利用する場合です。このようなケースでは、合併後に発生した売却益を対象に繰越欠損金を適用し、課税所得を圧縮することが可能です。ただし、これは例外的なケースであり、一般的には適格合併を目指して計画を立てることが推奨されます。
また、適格合併以外のケースとして、「分社型分割」や「事業譲渡」を活用することも検討できます。これらの手法では、繰越欠損金そのものを直接引き継ぐことはできませんが、他の税務上のメリットを活かして、間接的に節税効果を得ることが可能です。例えば、非適格分社型分割を行うことで、「資産調整勘定」として繰越欠損金を事業価値に変換し、それを新会社に引き継ぐスキームもあります。このようなスキームを適用する場合は、事前に専門家の助言を受け、法的リスクや税務上の問題点をクリアにすることが重要です。
繰越欠損金を節税に活用できるケース
M&Aにおいて、繰越欠損金を活用することで企業の税負担を大幅に軽減できる可能性があります。特に、利益を生んでいる企業や赤字企業を買収する場合、適切な税務計画を立てることで、過去の損失を将来の利益に対して相殺し、節税効果を最大限に引き出すことができます。このセクションでは、具体的に繰越欠損金を節税に活用できるケースをいくつか紹介し、それぞれのシナリオにおいてどのように繰越欠損金を利用できるのかを解説します。
利益が出ている企業を買収する場合
利益を出している企業を買収する際、繰越欠損金を有効活用することで、利益に対する税金を圧縮することが可能です。この場合、買収した企業の繰越欠損金を活用し、今後発生する利益を減額し、税金負担を軽減するという戦略がとられます。
例えば、買収先企業が過去に大きな損失を抱えており、繰越欠損金が多額に残っている場合、その欠損金を今後の利益と相殺することができれば、税負担を大きく軽減することが可能です。適格合併としてこの繰越欠損金を引き継ぐことで、合併後に利益を上げても、その繰越欠損金が適用されるため、法人税の支払いを大幅に削減することができます。
適格合併によって繰越欠損金を引き継ぐためには、従業者引継ぎや事業継続などの要件を満たす必要がありますが、これが達成されれば、利益を上げている企業の買収においても大きな節税効果を得ることができるのです。
赤字企業を買収する場合
赤字企業の買収は、繰越欠損金を活用して節税効果を引き出すもう一つの有力なケースです。赤字企業には、過去の損失が大きく繰越欠損金として残っている場合が多く、これを将来の黒字と相殺することで税負担を抑えることが可能です。
例えば、買収する赤字企業の事業を立て直し、将来的に利益を生むようになった場合、その利益に対して繰越欠損金を適用し、節税を図ることができます。この場合、事業の再建によって黒字化するまでに時間がかかることもありますが、適切な税務戦略と事業計画を組み合わせれば、長期的に税負担を大幅に軽減できる可能性があります。
ただし、買収後に直ちに合併を行う場合、繰越欠損金の引き継ぎに制限がかかる場合があります。特に、非適格合併の場合には繰越欠損金を引き継ぐことができず、消滅してしまう可能性があるため、適格合併を目指した適切なスキーム構築が重要です。また、支配関係が発生してから5年以内に合併を行う場合には、引継ぎに制限がかかることがあるため、この点も留意が必要です。
合併前の資産や負債の影響
合併前に被合併会社が保有する資産や負債が、節税に与える影響も重要な要素です。特に、特定資産譲渡等によって発生した損失は、繰越欠損金として引き継ぐことが制限されるため注意が必要です。
例えば、合併前に保有していた高額な資産(例えば1,000万円以上の不動産など)を譲渡した場合、その譲渡損失が繰越欠損金として引き継げるかどうかは、税法上の要件を満たすかどうかにかかっています。譲渡損失が「特定資産譲渡等損失」として扱われる場合、この損失は合併後の存続法人に引き継ぐことができず、将来の利益と相殺して節税を図ることはできません。
また、合併後に特定資産を売却する計画がある場合も注意が必要です。合併後3年以内に高額資産を処分すると、特定資産譲渡等損失の規定に抵触し、損失を利用できない可能性があります。したがって、合併を検討する際には、合併前後の資産状況を慎重に見極め、どのような税務リスクが存在するかを理解しておくことが不可欠です。
さらに、合併する両社がともに繰越欠損金を持っている場合には、存続会社の繰越欠損金も引き継ぎに制限がかかることがあります。これは、租税回避の防止を目的とした規制であり、合併によってどちらか一方の欠損金だけを優先的に引き継ぐといった事態を防ぐための措置です。したがって、合併前に保有する資産や負債が合併後の税務処理にどのような影響を与えるのか、事前に詳細な分析が求められます。
引継制限が課されるケース
繰越欠損金は企業が過去に発生させた損失を、将来の利益から控除して税負担を軽減できる重要な制度です。しかし、すべてのケースで繰越欠損金が無制限に引き継げるわけではなく、一定の条件や状況において制限が課される場合があります。このセクションでは、繰越欠損金の引き継ぎに制限が課される具体的なケースを取り上げ、どのような状況で引き継ぎが制限されるのかを説明します。
非適格合併での繰越欠損金の扱い
繰越欠損金の引き継ぎに最も大きな影響を与える要因の一つが、非適格合併です。適格合併であれば、繰越欠損金は一定の条件を満たすことで引き継ぐことができますが、非適格合併の場合はこの引き継ぎが認められません。これは、税法が「繰越欠損金を節税目的で乱用させない」ための措置であり、企業が税負担を回避するために形式的な合併を行うことを防ぐ意図があります。
非適格合併では、被合併会社が抱えていた繰越欠損金は消滅します。つまり、企業が持っていた過去の損失は、合併後に相殺されることなく失われてしまうのです。繰越欠損金を活用したい場合には、適格合併の条件を満たすことが必須であり、そのためのスキーム構築や事前の計画が重要になります。
非適格合併が発生する典型的なケースとしては、合併前の事業の継続性が保たれない場合や、被合併会社の従業員が合併後に引き継がれないケースなどがあります。これらの要件を満たさない合併では、繰越欠損金の利用ができないため、税負担を軽減する目的での合併は難しくなります。
支配関係が発生した後の繰越欠損金
支配関係が発生した後の繰越欠損金の扱いも、引き継ぎにおいて制限がかかるポイントの一つです。特にM&Aによって支配関係が発生した場合、その時点での繰越欠損金がどう処理されるかは重要です。支配関係が発生すると、一定の期間内における合併や再編に対して、税務上の制限が課されることがあります。
具体的には、買収後の5年間は繰越欠損金の引き継ぎが厳しく制限されることがあります。これは、買収後すぐに繰越欠損金を利用して節税を図る行為が、租税回避行為とみなされることを防ぐための規制です。したがって、支配関係が発生した後、短期間で合併を行った場合、被合併会社の繰越欠損金の引き継ぎは制限され、将来的に利用できる繰越欠損金の範囲が狭められることになります。
ただし、支配関係発生後でも、その後の事業運営や役員の引継ぎが適切に行われ、事業の継続性が認められる場合には、繰越欠損金を部分的に引き継ぐことができるケースもあります。ここでは事業の実質的な運営形態や、事業の統合がどのように進められるかが、引継ぎ可否の判断材料となります。
特定資産譲渡等損失による制限
繰越欠損金の引き継ぎにおいてもう一つ重要な要素が、特定資産譲渡等損失です。これは、高額な資産(1,000万円以上の不動産や機械設備など)を売却、除却した際に発生する損失に関する制限です。このような資産の処分によって生じた損失は、通常の繰越欠損金とは異なり、合併後に引き継ぐことができません。
この制限は、税法が高額資産の売却損を繰越欠損金として節税目的で利用することを防ぐためのものであり、譲渡損失や除却損が発生した場合には、これを引き継ぐことは認められていません。合併後に繰越欠損金を利用しようとする場合、高額資産の処分計画がある企業は、特定資産譲渡等損失に該当しないかどうかを事前に確認することが不可欠です。
さらに、合併後3年以内に高額資産を売却すると、特定資産譲渡等損失の規定に抵触し、繰越欠損金を利用できなくなる可能性が高まります。これにより、税務上の損失を正確に計上できず、合併後の節税計画に影響が出る恐れがあるため、合併を検討する際にはこの点を十分に考慮する必要があります。
まとめ:繰越欠損金を正しく引き継いで節税を実現しよう
M&Aにおいて、繰越欠損金の引き継ぎと活用は、節税効果を最大化するための重要なポイントです。適格合併であれば、一定の条件を満たすことで繰越欠損金を引き継ぐことが可能ですが、非適格合併や支配関係の発生後、特定資産譲渡等損失などにより制限が課されるケースも多く見られます。企業がこの制度をうまく活用するためには、事前の計画や税務の専門的なアドバイスが欠かせません。しっかりと法的要件を理解し、適切なスキームを構築することで、M&A後の税負担を軽減し、事業展開に向けた資金を確保するようにしましょう。