M&Aにおける独占禁止法を解説!規制内容・リスクとは?

M&A(企業の合併や買収)は、企業の成長戦略や業界再編において重要な手段です。しかし、大規模なM&Aは市場競争に影響を及ぼす可能性があるため、各国の法規制の対象となります。その中でも、日本の独占禁止法は、企業間の公正な競争を保つために厳格な規制を設けています。独占禁止法に基づく規制を無視すると、M&Aが中止されたり、長期化するリスクがあるため、法的な対策が不可欠です。本記事では、独占禁止法の基本的な内容と、M&Aにおける具体的なリスクと対策について解説します。

この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)

M&Aにおける独占禁止法とは?

M&Aは、企業の成長や市場での競争力を強化するための手段として広く行われています。しかし、大規模なM&Aは市場における競争に大きな影響を与える可能性があるため、法律による規制が重要となります。その規制の一つが「独占禁止法」です。この法律は市場での公正な競争を守るために制定されており、M&Aが市場競争に与える影響を評価し、不正な市場支配を防ぐ役割を果たしています。

独占禁止法の概要

独占禁止法とは、「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」という正式名称を持つ、日本の市場競争を守るために制定された法律です。その主な目的は、企業間の健全な競争を促進し、市場メカニズムが正しく機能することを支援することにあります。競争が適切に行われることで、消費者は質の高い商品やサービスを適正な価格で享受できるようになり、市場全体の成長が促されます。

この法律では、カルテルや価格の談合など、不正な取引方法や競争を排除する行為を禁止しています。特定の企業やグループが市場を支配し、競争を排除することによって消費者に不利益を与えることを防ぐため、独占禁止法はこうした行為を規制しています。

M&Aにおいても、この法律が適用される場面があります。特に、M&Aによって市場での競争が大きく変化する場合には、公正取引委員会がその影響を精査し、競争の抑制や独占的な支配が生じないかを確認します。M&Aはしばしば、企業の規模や市場シェアを大きく変えるため、その影響力を持つ取引については事前に届出が必要になる場合があります。

独占禁止法がM&Aに適用される理由

M&Aは、企業の成長や再編を促進する手段として広く利用されています。しかし、その一方で、買収や合併によって企業が市場におけるシェアを急速に拡大させることが可能となります。特に、大規模なM&Aは、競争相手を排除したり、価格設定を一社が支配できる環境を作り出したりするリスクがあります。これにより、消費者が不利益を被る可能性が高まるため、独占禁止法が適用されるのです。

例えば、大手企業が市場シェアを大幅に拡大する買収を行った場合、その業界での競争が著しく制限され、他の企業が健全な競争を行えなくなる可能性があります。こうした事態を避けるため、独占禁止法では「競争の実質的な制限」を禁止しており、公正取引委員会は市場の公平性を守る役割を担っています。企業がM&Aを通じて過度な支配力を持たないように、届出や審査を通じてチェックが行われるのです。

M&Aが市場に与える影響は、特に大規模な買収や合併において顕著です。そのため、一定規模以上の取引は独占禁止法の規制対象となり、事前に公正取引委員会に届出を行い、その取引が市場競争に悪影響を与えないかを確認するプロセスが必要です。こうした規制により、M&Aが市場全体に与えるリスクを管理し、健全な競争環境を維持することが可能になります。

M&Aにおける独占禁止法の規制内容

M&Aは企業成長や市場支配力強化のための重要な手段ですが、その一方で市場競争に与える影響が大きいため、独占禁止法の規制が重要です。独占禁止法は、M&Aが市場競争を不当に制限することがないよう、2つの規制を設けています。ここでは「実体規制」と「届出規制」について解説します。

実体規制とは?

実体規制とは、競争を実質的に制限する企業結合を禁止する規制です。独占禁止法は、企業が競争を著しく制限し、特定の企業が市場を独占することを防ぐために、この規制を設けています。公正取引委員会の「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」によれば、実体規制は以下の取引に適用されます。

  • 株式保有

一企業が他企業の株式を大量に取得し、市場支配力を持つ場合。

  • 役員兼任

複数の企業で同じ役員が兼任することにより、競争が制限される場合。

  • 合併

2つ以上の企業が合併することで市場シェアが大幅に増加し、競争に影響を与える場合。

  • 分割

企業が事業の一部を分割し、他社に譲渡する場合。

  • 共同株式移転や事業譲受

企業が事業全体または一部を譲渡する場合も、規制対象となることがあります。

これらの取引が市場の競争環境に重大な影響を与えると判断されると、独占禁止法に基づき排除措置命令や課徴金の支払いが命じられることがあります。特に、一定の取引分野における競争が実質的に制限されるようなM&Aは、独占禁止法によって厳しく取り締まられるのです。

届出規制の重要性

実体規制とは別に、届出規制もM&Aにおいて重要な役割を果たしています。たとえ独占禁止法に抵触しないM&Aであっても、一定の規模を超える取引は公正取引委員会に事前に届出を行う必要があります。これは、M&Aの規模が大きいほど市場に与える影響が大きくなるため、事前に市場競争に問題がないか確認する必要があるからです。

届出規制が適用される条件は、M&Aの手法や当事企業の規模によって異なります。例えば、株式取得の場合は以下のような条件が設けられています。

  • 売上高基準

株式を取得する企業とそのグループの国内売上高が合計200億円を超え、取得される企業の国内売上高が50億円を超える場合。

  • 議決権基準

株式取得によって、取得企業の議決権が新たに20%または50%を超える場合。

同様に、合併や分割などのM&A手法にも、それぞれ異なる届出基準が設けられています。届出を怠ると、企業結合が無効となったり、罰則が科されたりする可能性があるため、企業は慎重に手続きを行う必要があります。

届出規制は、競争の公平性を保つために非常に重要です。M&Aを検討する企業は、事前に専門家に相談し、届出が必要かどうか、そしてどのような手続きが求められるかを確認しておくことが不可欠です。

M&Aにおける独占禁止法のリスク

M&Aを進める際、独占禁止法による規制が大きなリスクとして考慮されるべきです。特に、大規模なM&Aの場合、独占禁止法に抵触する可能性があり、これが原因で取引が停止したり、スケジュールが大幅に遅れたりするリスクがあります。以下では、具体的なリスクについて解説します。

M&Aが行えなくなるリスク

M&Aが独占禁止法に抵触した場合、最も深刻なリスクは取引自体が中止されることです。これは、企業結合が市場における競争を実質的に制限し、消費者や他の企業に不利益をもたらす可能性があると公正取引委員会が判断した場合に発生します。この状況が発生すると、M&Aの計画は進められず、企業が望む市場シェアの拡大や事業の多角化は実現しなくなります。

具体的なケースとしては、ある企業が同じ業界のライバル企業を買収し、その結果、特定の市場において支配的な立場を占めることが懸念される場合が挙げられます。例えば、同じ市場に存在する二つの大手企業が合併し、シェアが大幅に拡大することで、他の競合企業がほとんど存在しなくなるような状況が問題視されることがあります。このような場合、独占禁止法に基づく企業結合規制により、取引が許可されないことがあります。

企業は、独占禁止法に抵触しないよう事前に十分な分析を行い、公正取引委員会からの許可が得られるかどうか慎重に検討する必要があります。許可が得られない場合は、M&Aそのものが頓挫するリスクがあるため、戦略的な計画が不可欠です。

M&Aの長期化リスク

M&Aのもう一つの大きなリスクは、取引が公正取引委員会による審査で長引くことです。独占禁止法に基づくM&Aは、一定の基準を超える規模の場合、必ず公正取引委員会による審査を受ける必要があります。この審査には、第1次審査と第2次審査という段階があり、それぞれでかかる時間が異なります。

第1次審査は、M&Aの届出を受けた公正取引委員会が、基本的な競争の制限に問題がないかを30日間で審査する段階です。この期間中に、公正取引委員会が独占禁止法上の問題がないと判断した場合、取引はそのまま進めることができます。しかし、問題が見つかる場合や、さらに詳しい審査が必要とされる場合には、第2次審査に移行します。

第2次審査に移行すると、より詳細な調査が行われ、追加資料の提出や市場調査などが行われるため、審査期間が数カ月に及ぶことも珍しくありません。特に、大規模なM&Aでは、2次審査が300日以上に及ぶこともあり、この間、取引の最終決定を待つ必要があります。

第2次審査が長引くと、M&Aのスケジュールに大きな遅れが生じ、取引そのものが不透明な状態になるリスクがあります。特に、多額の資金やリソースが投入されている場合、この遅延は企業経営に深刻な影響を与える可能性があります。

さらに、審査が長引くことで市場の状況が変化したり、競争相手が動き出したりすることも考えられます。これにより、M&Aの効果が期待通りに得られなくなるリスクも伴います。したがって、企業は、独占禁止法に基づく審査がどの程度の期間を要するかを十分に予測し、早めに公正取引委員会と相談を行い、準備を整えておくことが重要です。

独占禁止法に基づく審査の流れと基準

M&Aにおいて、企業が市場に与える影響を評価し、競争を制限するかどうかを判断するための重要なプロセスが「企業結合審査」です。この審査は、公正取引委員会によって実施され、独占禁止法に基づき規制されるM&Aの計画に対して、事前に審査を行うことで、健全な市場競争を維持することを目的としています。

企業結合審査のプロセス

企業結合審査は、主に以下のステップで進行します。

1. 届出前相談(任意)

届出前相談は、企業がM&A計画の段階で、公正取引委員会に対して事前に相談を行うプロセスです。この段階は任意であり義務ではありませんが、大規模なM&Aではよく利用されます。この相談では、M&Aの取引が独占禁止法に基づく届出の対象となるかどうかや、届出の手続きに関する確認が行われます。届出前相談を通じて、必要な書類や情報を事前に把握し、届出手続きを円滑に進めることができます。

2. 事前届出

一定の規模を超えるM&Aに関しては、独占禁止法に基づく事前届出が義務付けられています。届出は、公正取引委員会に対して企業結合計画の詳細な書類を提出することで行われます。この手続きにより、企業結合が市場に与える影響が事前に審査され、競争に実質的な制限をもたらすかどうかが判断されます。

3. 第1次審査

事前届出が受理されると、公正取引委員会は「第1次審査」に入ります。第1次審査は、通常30日以内に完了し、企業結合が競争を著しく制限するかどうかの初期評価が行われます。この審査で問題が見つからなければ、企業結合は承認され、次のプロセスに進む必要はありません。

4. 第2次審査

第1次審査で競争制限のリスクが指摘された場合、「第2次審査」が行われます。第2次審査は、より詳細な調査が必要とされ、通常90日間の期間をかけて審査されます。ここでは、さらに詳しいデータや資料が要求され、競争に対する影響が精査されます。この段階では、企業は追加の情報提供や交渉を通じて、公正取引委員会に対する説明責任を果たすことが重要です。

実質的な競争制限の判断基準

企業結合審査では、取引が市場に与える影響を評価するために、実質的な競争制限が起きるかどうかが判断されます。その際に使用される主な指標が「市場シェア」と「HHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)」です。

1. 市場シェアの評価

企業結合によって、特定の市場における企業のシェアが増加し、競争が著しく制限されるかどうかが最初に評価されます。市場シェアの基準としては、結合後にシェアが50%を超える場合や、市場における競合企業の数が大幅に減少する場合などが問題視されることが多いです。これにより、価格の決定権を持つ企業が競争を阻害する可能性が高まると判断されることがあります。

2. HHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)

HHIは、企業結合後の市場集中度を数値化する指標で、各企業の市場シェアの二乗を合計して算出されます。HHIが高いほど、市場における競争が少なく、支配的な企業が存在することを示します。審査基準としては、以下のような指標が用いられます。

  • HHIが1,500以下: 競争制限の可能性が低い
  • HHIが1,500〜2,500: 競争制限の可能性が中程度
  • HHIが2,500以上: 競争制限のリスクが高い

さらに、企業結合によるHHIの増加分も重要な評価ポイントです。例えば、HHIが2,500を超えた場合、増加分が150以上となると競争が実質的に制限されるリスクが高いと判断されます。

3. 単独行動と協調行動

また、競争制限の判断には、企業結合後に企業が市場で単独行動をとることや、競合企業との協調行動が容易になる可能性も考慮されます。特に、結合後の市場シェアが高まり、他の企業との価格やサービス条件の調整が行われやすくなる場合、競争の実質的な制限が懸念されます。

このように、企業結合審査では、市場シェアやHHIといった定量的な指標に加え、競争がどのように変化するか、企業の行動パターンまで含めた包括的な評価が行われます。企業は事前にこれらの基準を理解し、競争制限のリスクを慎重に分析することが重要です。

M&Aにおける独占禁止法の対策

M&Aを実行する際、独占禁止法に抵触するリスクを回避するためには、具体的な対策が重要です。特に、大規模なM&Aにおいては、実体規制と届出規制の両方を十分に理解し、それに応じた準備を行う必要があります。この章では、独占禁止法に基づく実体規制と届出規制に対する対策について解説します。

実体規制に対する対策

実体規制とは、M&Aが市場における競争を実質的に制限することを防ぐために設けられた規制です。これに違反すると、M&A自体が中止されるリスクがあるため、事前に徹底した対策が必要です。

まず、企業結合審査においては、特定の取引分野における市場シェアが重要な要素となります。企業が市場で占めるシェアが大きくなりすぎると、競争を制限するリスクが高まります。このため、企業は以下の点に注意して対策を講じるべきです。

  • 市場シェアの把握

M&Aを行う際、自社および相手企業の市場シェアを正確に把握することが重要です。競争環境を十分に分析し、M&A後に競争が実質的に制限されないような取引形態を選択する必要があります。

  • HHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)の利用

HHIは市場の集中度を測定する指標で、企業結合の影響を予測するために使用されます。M&AがHHIの基準値を超えないように調整することが、企業結合審査をクリアするための一つの対策となります。

  • 事前相談の活用

公正取引委員会との事前相談を活用することで、M&Aが実体規制に抵触するリスクを予防することができます。公正取引委員会に対して競争環境や取引の詳細を説明し、問題がないかを事前に確認することは、リスク回避の有効な手段です。

これらの対策を通じて、M&Aが市場における競争を不当に制限しないことを確実にし、スムーズな企業結合を実現することが可能となります。

届出規制に対する対策

届出規制は、一定の規模を超えるM&Aに対して、公正取引委員会に事前に届出を行うことを義務づける規制です。届出が適切に行われない場合、M&Aは中止されたり、審査が長期化したりするリスクがあります。そのため、以下の対策を講じることが重要です。

事前の準備と計画届出に必要な書類や情報を事前に整えることが、スムーズな届出プロセスを進めるための第一歩です。株式取得や合併などの取引に関する書類、議決権の割合、企業の売上高など、必要な情報を正確に把握し、書類を揃えておくことが求められます。

  • 届出に必要な書類の管理

株式取得に関する契約書の写し、事業報告や損益計算書など、必要な添付書類の準備は欠かせません。これらの書類は、正確かつタイムリーに提出することで、審査の遅延を回避することができます。

  • 専門家の活用

独占禁止法の規制に詳しい専門家(弁護士、公認会計士、M&Aアドバイザーなど)を活用することで、届出手続きの漏れや不備を防ぐことができます。特に、大規模なM&Aでは法的な知識が求められるため、専門家のサポートを受けることが成功への鍵となります。

  • 届出前相談の利用

届出前に公正取引委員会と相談することで、書類の内容や手続きに関する不安を解消し、届出がスムーズに進むよう準備することができます。これにより、審査の長期化や不備のリスクを低減することが可能です。

これらの対策を講じることで、M&Aにおける独占禁止法の届出規制に適切に対応し、企業結合が円滑に進むようサポートすることができます。

まとめ: 独占禁止法をきちんと理解しておこう!

M&Aにおける独占禁止法の理解と適切な対策は、取引の成功において極めて重要な要素です。独占禁止法の規制に違反すると、企業結合が中止されるリスクや、長期にわたる審査によりプロジェクトが遅延する可能性があります。特に実体規制と届出規制の違いを正しく理解し、企業結合が市場に与える影響を評価することが必要です。

実体規制では、M&Aによって市場における競争が制限されないかがポイントとなり、競争を制限する企業結合は法的に阻止されることがあります。公正取引委員会による審査は、多角的な視点で行われ、特に大規模なM&AではHHI(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)などの市場シェアや競争指標が用いられます。

また、届出規制においては、M&Aが独占禁止法に抵触しない場合でも、一定の規模を超える取引では事前に公正取引委員会への届出が必要です。届出プロセスがスムーズに進むかどうかは、M&Aの成功に直結します。このため、届出に関する正確な書類の準備や、早期の段階から専門家のアドバイスを受けることが、成功への鍵となります。

M&Aを安全かつスムーズに進めるためには、独占禁止法を正しく理解し、事前にリスクを把握して対策を講じることが不可欠です。専門家の助言を適切に活用し、独占禁止法の規制を遵守しながら、企業の成長と市場競争のバランスを図りましょう。

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