M&Aのプロセスにおいて、クロージングは取引を最終的に完了させるための重要なステップです。しかし、クロージングが行われる前には、さまざまな「前提条件(CP:Condition Precedent)」が満たされている必要があります。この前提条件は、M&Aの成約を確実なものとするために不可欠な要素です。本記事では、M&AにおけるCP(クロージングの前提条件)の基本的な概念から、具体的な手続きや必要な期間までを解説します。
- この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)
M&AにおけるCP(Condition Precedent: クロージングの前提条件)とは?
M&Aにおいて、取引を完了させる前に満たすべき条件がいくつかあります。それらの条件は、取引を進めるために欠かせない要素であり、取引の信頼性と安全性を確保するための重要なステップです。ここでは、クロージングの前提条件(Condition Precedent: CP)について、その定義と役割、またM&Aにおいてどのような重要性を持つのかを解説します。
CPの定義と役割
M&AにおけるCP(Condition Precedent)は、クロージングの前提条件を指します。
CPとは、最終的に取引が成立する前に、売り手と買い手が満たさなければならない条件を指します。これらの条件が満たされることで、正式な取引の最終段階であるクロージングに進むことが可能になります。CPは、M&A契約の重要な部分であり、資産の移転や株式譲渡のための法的要件、許認可の取得、取引先や金融機関の承諾などが含まれます。
CPの役割は、M&A取引をスムーズに進めるために必要な準備作業を確認し、取引のリスクを最小限に抑えることです。例えば、取引先からの同意取得や許認可の申請など、CPが未達成のまま取引を進めると、取引の信頼性や法的効力に疑義が生じる可能性があります。そのため、CPを確実に満たすことは、M&Aの成功に不可欠な要素となっています。
クロージングがM&Aにおいて重要な理由
クロージングは、M&A取引が正式に完了する瞬間を指し、取引の最終段階です。
CPが全て満たされた後に実行されるため、クロージングは取引の信頼性と法的効力を確保する重要な役割を果たします。この段階で、資産の移転、株式譲渡、代金の支払いが行われ、経営権が正式に移転します。
M&Aにおいてクロージングが重要なのは、これが取引の完了を意味し、実際に売り手と買い手が合意した条件が実行されるからです。クロージングは、最終契約書に基づいて行われ、ここで初めてM&Aが法的に効力を持つ取引となります。もしクロージングが適切に行われなければ、取引が成立しないだけでなく、法的な問題が発生する可能性もあります。
CP(クロージング)の手続きとは?
M&Aにおいて、クロージングの前提条件(CP)は、取引を完了させるために必ず満たさなければならない条件であり、これを充足することがクロージングへの道筋となります。このプロセスでは、売り手と買い手が協力し、合意した条件を着実に進める必要があります。ここでは、CPがどのように設定され、その手続きがどのように進行するのかを解説します。
前提条件の充足とそのプロセス
M&A取引における前提条件(CP)は、最終契約に進む前に双方がクリアすべき課題や義務を明確にしたもので、取引の実行可能性を確保するためのものです。これには、取引に関わるリスクを低減し、M&Aが無事に完了するための準備を整える役割があります。
前提条件には、例えば以下のような要素が含まれます。
- 許認可の取得
業種によっては、事業を運営するために特定の許可やライセンスが必要です。特に医療や建設、金融などの業界では、買い手が事業を引き継ぐ前に行政からの承認を得る必要があります。この手続きが完了しない限り、クロージングは行われません。
- 重要取引先からの承諾
多くの企業が重要な顧客や取引先と長期的な契約を結んでおり、M&Aによって経営権が移行する際には、これらの取引先から取引継続の承諾を得ることが求められます。特に、取引先の契約に「チェンジ・オブ・コントロール条項(COC条項)」がある場合は、取引先の同意を明確に取り付けることが不可欠です。
- 株主や取締役の承認
M&Aによって経営体制が変更される際には、企業内の株主や取締役からの正式な承認を得ることが条件として求められることがあります。特に、非上場企業の場合、株式の譲渡には株主総会での承認が必要なケースが多く、この手続きが済むまでクロージングには進めません。
このように、CPは複数のステークホルダーとの合意形成や法的な手続きが絡むため、プロセスが煩雑になることが多く、通常は数週間から数ヶ月を要する場合があります。CPがすべて満たされた後、ようやくクロージングが実施される流れとなります。
株式譲渡契約とクロージング
M&Aにおいて、株式譲渡契約はクロージングの一歩手前で締結され、これにより売り手と買い手の合意内容が法的に固定されます。株式譲渡契約書には、取引の詳細が記載されており、買い手が株式を取得し、売り手がその対価を受け取るという大枠の流れが決まります。しかし、契約締結後すぐにクロージングが完了するわけではなく、契約書に記載された前提条件を満たすプロセスが残っています。
クロージングは、株式譲渡契約の締結後に実行される手続きの最終段階です。この段階では、株式の譲渡や資産の引き渡し、対価の支払いが物理的に行われます。具体的な流れとしては、以下のような手続きが進められます。
- 1. 株式譲渡の実行
売り手が保有する株式が正式に買い手へ移転されます。これは株券が発行されている場合には株券の引き渡しを伴い、発行されていない場合には、株主名簿の書き換えが必要です。
- 2. 対価の支払い
売り手は買い手から株式譲渡の対価を受け取ります。対価の支払いは通常、契約書に定められた通貨での現金支払いが行われますが、場合によっては株式や他の資産が対価として提供されることもあります。
- 3. 法的手続きの完了
クロージング後、株主名簿の更新や登記など、必要な法的手続きが速やかに行われます。特に、非上場企業では、これらの手続きが取引完了の重要な確認事項となります。
これらの手続きがすべて完了した時点で、M&Aは正式に完了し、買い手が会社の経営権を取得することになります。クロージングの実施には、CPの充足が不可欠であり、それによって取引がスムーズかつ法的に問題なく進行することが確保されるのです。
クロージングに必要な期間はどれくらい?
M&A取引において、クロージングは契約締結から取引完了に至るまでの最終ステップです。しかし、このプロセスが完了するまでに必要な期間は一概には決まっておらず、取引の規模や内容、関係者間の調整状況によって大きく異なります。クロージングまでの時間は、取引の準備がどれだけ進んでいるか、またその後に残る実務的な手続きにどれだけの時間がかかるかに左右されます。ここでは、クロージングに必要な期間やその前後に行われる重要な手続きについて解説します。
クロージング完了までに必要な期間
M&Aのクロージングが完了するまでには、一般的に1ヶ月から半年程度の期間が必要です。この期間は、最終契約締結から取引の実行までに前提条件(CP)の充足が求められるため、その充足にかかる時間によって大きく左右されます。たとえば、株式譲渡に伴う重要な契約の取り付けや許認可の取得などが滞りなく進行すれば、クロージングは比較的短期間で完了することが可能です。
一方で、取引の規模が大きくなるほど、関係者や利害関係者の数も増えるため、前提条件の充足に時間がかかるケースがあります。特に、以下のような要因がクロージングの期間を延長することがあります。
- 許認可の取得が必要な場合
特定の業種や地域で事業を運営するためには、行政機関から許認可を取得しなければなりません。許認可の取得には通常、数週間から数ヶ月を要し、クロージングの遅延要因となることが多いです。特に、規制が厳しい業界ではこの手続きがさらに複雑になります。
- 重要取引先からの承認が必要な場合
売り手企業が重要な取引先と契約を結んでいる場合、その取引先から取引継続の同意を得る必要があり、これも時間を要することがあります。COC(チェンジ・オブ・コントロール)条項が含まれている契約では、事前の同意を得ないと取引が継続できないため、交渉に時間がかかることも考えられます。
- 株主総会や取締役会の承認が必要な場合
株式譲渡においては、特に非上場企業では株主総会での承認が必要となるケースが多く、これもクロージングのタイミングに影響します。これらの承認手続きは、会社法などの法的要件に従って進行され、会議の招集や決議を行うために一定の時間が必要です。
このように、M&Aの規模や業界特性、関係者の調整状況によって、クロージングにかかる時間が変動するため、予めこれらの要素を考慮し、十分な期間を確保することが重要です。
プレクロージングとポストクロージングの手続き
クロージングのプロセスは、契約締結後に開始されるプレクロージングと、クロージングが完了した後のポストクロージングに分けられます。これらの手続きは、M&A取引が円滑に進行し、取引の完了後もスムーズな事業継承が行われるために欠かせない要素です。
プレクロージングとは、クロージングが実行される前に行われる準備作業を指します。この期間は、最終契約書に記載された前提条件(CP)がすべて満たされるかどうかを確認するための重要な時間です。前提条件には、前述した許認可の取得や取引先の同意などが含まれますが、それ以外にも、売り手企業や買い手企業内での手続きや調整事項も含まれます。例えば、売り手企業の株主名簿の確認や、株式譲渡承認のための取締役会議事録の作成など、書類の準備が必要となります。また、クロージング日が近づくにつれ、取引に必要なすべての書類が揃っているか、手続きに漏れがないかをチェックリストに基づいて確認し、最終的な準備を行います。
一方で、クロージングが完了した後も、すぐに全てが完了するわけではなく、ポストクロージングの手続きが続きます。ポストクロージングとは、取引が完了した後に必要な実務的な手続きのことを指します。たとえば、以下のような作業が含まれます。
- 役員の変更
M&Aによって経営権が移転した場合、新しい経営陣が就任するため、役員の変更手続きが必要です。これには登記の変更や取締役会での決議などが含まれます。
- 株主名簿の書換え
株式譲渡が完了すると、新しい株主の名前を株主名簿に登録する必要があります。これによって、買い手が正式に新しい株主として認められることになります。
- 従業員や取引先への挨拶や説明
M&Aが完了した後、新しい経営陣から従業員や主要な取引先に対して挨拶や説明が行われることが一般的です。これにより、従業員や取引先との信頼関係を継続し、円滑な事業運営を実現します。
このように、クロージングが完了した後にも、実務的な手続きが残っているため、取引後のフォローアップが非常に重要です。プレクロージングでしっかりと準備を行い、ポストクロージングで必要な対応を行うことで、M&Aは初めて成功したと言えます。
クロージングの前提条件(CP)
クロージングの前提条件(Condition Precedent、略称CP)は、M&A取引において、取引を正式に成立させるために事前に満たされるべき条件です。CPは、売り手と買い手双方が合意し、最終契約書に明記されます。これらの条件が満たされなければ、クロージングは実行されません。具体的な内容は、取引の性質や業界に応じて異なりますが、許認可の取得や重要取引先からの同意などが一般的に含まれます。ここでは、クロージングの前提条件の主要な要素について解説します。
重要取引先からの同意取得
M&Aにおいて、重要な取引先からの同意取得は、クロージングの成否に大きく影響します。多くの場合、企業間の取引には「チェンジ・オブ・コントロール条項(COC条項)」が組み込まれており、これは企業の支配権が移転する場合、取引継続について取引先の同意を得なければならないという条件です。M&Aによって買い手が売り手企業を取得する際、取引先がこのCOC条項を行使し、取引を停止する可能性があります。したがって、取引先から「経営権の変更後も取引を続ける」という合意を得ることが、クロージングの重要な前提条件となります。
実際の事例では、売り手企業の売上の多くを占める大手クライアントがCOC条項を発動し、同意を得るまで取引が保留となったケースがあります。この場合、同意が得られないとクロージングが延期され、M&A自体が破談に至ることも考えられます。逆に、取引先がスムーズに同意をした場合、クロージングは予定通り進行し、取引の安定性も確保されます。
このように、重要取引先からの同意取得は、M&Aにおける信頼関係の維持と取引の成功に大きな役割を果たします。事前に取引先との交渉を進め、確実に同意を得ることが、M&Aを成功に導く鍵となります。
許認可の取得
特に規制の厳しい業界では、事業の運営に必要な許認可の取得がクロージングの重要な前提条件となります。金融業、医療業、建設業などでは、事業を遂行するために特定の許可や免許が必要であり、これらの取得が完了しない限りクロージングが実行できません。この許認可の取得には、申請から許可が下りるまでのプロセスが複雑で、時間がかかることがしばしばあります。
例えば、金融業界におけるM&Aでは、金融庁などの監督当局からの許認可が必須となります。取引が成立しても、規制機関が承認をしなければ、その事業を引き継ぐことができません。また、医療機関や薬局を対象とするM&Aでは、厚生労働省や地方自治体の許可が必要です。こうした許認可の取得には、関連書類の準備や関係機関との調整が求められるため、時間がかかるケースが多く見られます。
許認可が取得できない場合、クロージングが延期されるか、最悪の場合は取引自体がキャンセルになるリスクがあります。そのため、事前に規制当局との連携を図り、早期に必要な許可を取得するための準備を進めることが不可欠です。
キーマン条項の対応
M&Aにおいては、企業の成長や事業運営に重要な役割を果たしている「キーマン(重要な役員や従業員)」が存在することが多く、その対応もクロージングの前提条件となる場合があります。キーマン条項は、こうした重要人物が引き続き企業に留まり、取引後も事業の安定性を保つことを保証するために設定されるものです。
例えば、創業者や特定の技術を持った従業員が事業の中核を担っている場合、買い手はその人物がM&A後も企業に残り、業務を続けることを求めることが一般的です。こうしたキーマンがクロージング後に退職してしまうと、企業の競争力や業績に大きな影響を与える可能性があるため、クロージング前にキーマンとの雇用契約を締結することが重要です。
しかし、時にはキーマンがM&Aに消極的であったり、個人的な理由で退職を希望することもあります。この場合、買い手側は代替人材の確保や役割分担の再調整が必要となり、クロージングまでの準備が複雑化することがあります。キーマンが企業に留まらない場合、買い手は取引の条件を見直すか、最悪の場合は取引を断念することも考えられます。
キーマン条項が適切に設定され、クロージング前に重要人物との合意が成立すれば、買い手側は安心して取引を進めることができます。これにより、M&A後の事業運営がスムーズに進行し、企業の成長を継続的に支えることが可能となります。
まとめ:CPのプロセスはM&Aの成否に大きな影響を与える!
M&AにおけるCP(クロージングの前提条件)とは、取引を円滑に進めるために必ずクリアしなければならない条件です。取引先からの同意取得や許認可の取得、キーマンの確保など、これらの条件が満たされて初めてクロージングが実行され、正式にM&Aが完了します。クロージングまでの期間やプロセスは案件の規模や内容により異なりますが、いずれの場合も綿密な準備が求められます。今回解説したように、前提条件の適切な管理や準備を進めることで、取引はスムーズに完了し、M&A後の統合も成功へと導かれます。成功するM&Aのためには、CPの重要性を理解し、クロージングに向けた準備を怠らないことが重要です。