M&Aは、企業の成長や事業拡大において重要な手段の一つですが、交渉が順調に進んでも、途中で破談してしまうリスクは常に存在します。破談は単に取引が成立しないというだけでなく、違約金が発生する場合もあり、企業に大きな損失をもたらすことがあります。特に、契約違反や情報漏洩、デューデリジェンスの不備などが原因で破談が起こることが多く、その結果、違約金や信頼損失という重大な問題に発展することも少なくありません。
この記事では、M&Aの破談リスクや違約金が発生する具体的なケースを紹介し、事例をもとに失敗を防ぐためのポイントを解説します。
- この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)
M&Aにおける破談のリスクとは?
M&Aは企業の発展や経営の継承にとって重要な手段ですが、その過程で破談となるリスクは常に存在します。破談は取引の成立を阻むだけでなく、企業に多大なダメージを与える可能性もあります。ここでは、M&Aにおける破談の定義とその影響、さらに破談が発生する主な原因について解説します。
M&Aの破談とは?
M&Aにおける破談とは、交渉の途中で契約が成立せず、取引が最終的に不成立に終わることを指します。M&Aプロセスは複数のステップから成り立ちますが、交渉の途中で破談が起こると、既にかかったコストや時間が無駄になるだけでなく、企業の信用や将来の取引機会に大きな影響を及ぼします。
特に、M&Aが破談した場合には、売り手企業と買い手企業の関係が悪化するだけでなく、従業員や取引先にも悪影響が広がる可能性があります。情報漏洩による信用低下や、従業員の離職、さらには取引先からの信頼喪失など、破談の影響は広範囲に及び、企業の存続にまで関わることがあります。
破談が発生する主な原因
M&Aが破談に至る原因はいくつかありますが、主なものとして以下のような要因が挙げられます。
1. 契約違反
基本合意契約や秘密保持契約など、M&Aプロセス中に交わされる契約には法的拘束力を持つ条項が含まれています。これらに違反すると、取引自体が破談になるだけでなく、損害賠償請求に発展する可能性があります。特に独占交渉権の違反や、デューデリジェンスで発覚した隠し事は破談の大きな原因となります。
2. 情報漏洩
M&Aでは「秘密保持」が非常に重要です。交渉中の情報が外部に漏れると、買い手企業に対しての信頼が損なわれ、破談につながるケースが多く見られます。売り手側の不注意や、従業員・取引先への情報漏洩が原因で、取引先との関係に悪影響が及び、結果としてM&Aが成立しなくなることがあります。
3. 反対株主の存在
特に譲渡企業(売り手)側では、株式が分散している場合に反対株主が出現し、M&Aが円滑に進まないケースがあります。反対株主の株式を買い取るなどの対策を講じることもありますが、買い取りが進まなければ取引自体が成立しないリスクが生じます。
4. 不誠実な対応
売り手や買い手企業がM&A交渉に対して誠実に対応しない場合、信頼関係が損なわれ、破談に至ることがあります。特に条件の急な変更や、隠し事が後から発覚するケースでは、取引が成り立たないことが多くなります。
5. デューデリジェンスの結果不備が発覚
デューデリジェンスは買い手企業が行う詳細な調査であり、この過程で問題点が発覚すると破談に至ることがあります。特に、簿外債務や法的な問題が発覚すると、買い手企業は取引を躊躇し、最終的には契約が成立しないケースが多くあります。
M&Aにおける破談は、企業の将来に深刻な影響を与えるため、これらのリスクを十分に理解し、対策を講じることが重要です。
違約金が発生するケースとその理由
M&Aプロセスは複雑な契約や交渉によって進行しますが、その中で違約金の発生が大きな問題となることがあります。特に契約に違反する行為が発生した場合、違約金は損失の補填として双方の間で重要な役割を果たします。ここでは、M&A契約における違約金の条項、その具体的な発生ケース、そして違約金が発生しない場合について解説します。
M&A契約における違約金条項とは?
M&A契約における違約金条項とは、売り手または買い手が契約違反を犯した場合に、違約金が発生することを定めた条項です。この条項は、契約書の中で法的拘束力を持たせる形で設定され、万が一の契約違反時に双方が納得できる形でリスクを分担するためのものです。
違約金が設定される場面は、主に「契約履行義務」に違反した場合です。M&A契約においては、売り手・買い手双方が交渉の過程で様々な義務を負うことになりますが、これに違反した場合には違約金が発生します。例えば、売り手側が契約解除をする場合や、情報の開示を怠る場合などです。
契約の中では、違約金の額や発生する条件が具体的に明記されることが一般的です。この際に、違約金の額が合理的であること、つまり、損害賠償の性質として実際の損失額に基づいて設定されていることが求められます。法的拘束力があるため、違約金条項をしっかりと把握し、双方がその条項に従って誠実に対応することが重要です。
違約金が発生する具体的なケース
M&A契約の過程において、いくつかの典型的なケースで違約金が発生します。これらのケースでは、契約条項に違反した行為が原因となり、双方の合意に基づいた違約金の支払いが必要となる場合があります。
1. 独占交渉権の違反
M&A交渉の中では、しばしば「独占交渉権」が設定されます。これは、売り手が買い手候補の中で特定の企業とだけ交渉する権利を認めるものです。しかし、売り手がこの権利に違反して他の企業と同時に交渉を始めたりすると、契約違反となり、違約金が発生します。独占交渉権の違反は、買い手側にとっての信頼損失や交渉の時間的コストが大きいため、厳格な対応が求められます。
2. 情報漏洩
「秘密保持義務」に違反し、交渉中の情報が外部に漏れると、重大なトラブルにつながる可能性があります。例えば、買い手候補がM&A交渉を進めている事実が従業員や取引先に知られることで、信頼関係が崩れ、最悪の場合には破談に至ります。こうした情報漏洩が原因で契約が破棄される場合、違約金が発生することが多く見られます。
3. 契約解除
M&Aの基本合意後、契約の途中で一方が無断で交渉を打ち切る、あるいは合意条件を一方的に変更する場合にも違約金が発生します。売り手が急に条件を厳しくしたり、買い手が合意に反する決定をした場合などがこれに該当します。特にデューデリジェンスの段階で、売り手が隠し事をしていたり、契約前に知らされていなかった問題が発覚した場合、取引は破談となり、その際に違約金が請求されることがあります。
M&Aをスムーズに進めるためのステップを解説し、事前準備からクロージング、そしてその後の統合作業(PMI)までの全体像を…
違約金が発生しない場合
一方で、全てのM&A契約において違約金が発生するわけではありません。違約金が発生しない場合もあり、その際には契約の内容や状況によって異なります。
1. 法的拘束力がない場合
M&Aの初期段階では、意向表明書(LOI)や基本合意書(MOU)といった文書が取り交わされますが、これらには法的拘束力がない場合があります。つまり、これらの書類においては、交渉途中で破談になっても違約金が発生しないことがあります。ただし、秘密保持義務や独占交渉権が付与されている場合には、それらに違反すれば違約金が発生する可能性があるため、注意が必要です。
2. 契約条項に違約金の規定がない場合
すべてのM&A契約に違約金が明記されているわけではありません。契約書に違約金条項が含まれていない場合、契約違反が発生しても違約金は請求されません。この場合、相手が違約行為を行ったとしても、違約金ではなく、通常の損害賠償請求を行うことになります。
事例から学ぶM&A破談と違約金の実例
M&Aにおいて、破談は避けたい事態ですが、時には契約違反や情報漏洩が原因で取引が成立しないこともあります。こうしたケースでは、違約金が発生することがあり、その額や条件は契約内容に基づいて決定されます。ここでは、実際の事例を通じて、M&Aが破談に至り、違約金が発生した状況を見ていきます。
事例1:独占交渉権違反による違約金事例
M&A交渉において、独占交渉権は買い手が他の競合と同時に交渉されるリスクを防ぐための重要な権利です。しかし、売り手がこの独占交渉権を無視し、他の企業と交渉を進めたことが原因で、M&Aが破談となることがあります。
例えば、UFJホールディングスと住友信託銀行の間で行われたM&Aのケースでは、住友信託銀行が独占交渉権を持っていました。しかし、UFJホールディングスは、この交渉権を無視して別の企業(三菱東京フィナンシャルグループ)と交渉を開始。これにより、住友信託銀行は契約違反として訴訟を提起し、最終的にはUFJホールディングス側が25億円の違約金を支払う形で和解に至りました。このケースでは、独占交渉権の違反が大きな問題となり、巨額の違約金が発生した典型的な例です。
事例2:情報漏洩によるM&A破談と違約金
M&Aのプロセスにおいて、情報管理は極めて重要です。秘密保持義務を怠り、取引に関する情報が外部に漏れると、信頼が失われ、破談に至る可能性があります。この場合、違約金が発生することも少なくありません。
ある中小企業のM&Aにおいて、売り手側の社長が交渉途中に取引先や従業員にM&Aの情報を漏らしてしまった事例があります。基本合意書締結後に買い手企業の情報が社内外に流出し、結果として買い手側の信頼を失い、M&A交渉は破談となりました。このケースでは、売り手側の情報漏洩が契約違反とみなされ、違約金の支払いが求められました。情報漏洩はM&Aの交渉において非常に敏感な問題であり、秘密保持義務の違反が大きなリスクを引き起こします。
事例3:デューデリジェンスにおける情報不備が引き起こした破談
デューデリジェンスは、M&Aの取引を進める上で、譲渡企業の財務や法務に関する詳細な調査を行う重要なプロセスです。しかし、この段階で情報不備や隠し事が発覚すると、M&Aは破談に至る可能性が高くなります。
ある企業買収の事例では、売り手企業が決算書に不正を隠していたことがデューデリジェンスの過程で明らかになりました。特に、売掛金や在庫の数値を実際よりも高く見せかけていたため、買い手側が不信感を抱き、取引は破談しました。この際、売り手企業は契約違反とみなされ、違約金を支払う義務を負うこととなりました。
このように、デューデリジェンスの段階での不正や情報不足は、買い手に大きな損害を与えるリスクがあり、違約金が発生する典型的なケースです。契約前に全ての情報を正確に開示し、誠実に対応することが破談を防ぐ鍵となります。
M&A破談を防ぐためのポイント
M&Aがスムーズに進まなかったり、破談に至ることを防ぐためには、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。M&Aは、単なる契約締結ではなく、企業の未来を左右する大きな意思決定であり、準備と慎重な対応が欠かせません。以下に、破談を防ぐための具体的な対策を解説します。
M&Aの目的を明確にする
M&Aを進める際にまず重要なのは、「何のためにM&Aを行うのか」という目的を明確にすることです。目的が曖昧であれば、交渉の途中で方向性がぶれてしまい、相手との合意形成が難しくなることが多いです。
例えば、事業拡大が目的なのか、技術の獲得や経営資源の効率化を図るのかなど、具体的な目標を事前にしっかり定める必要があります。これにより、交渉の方向性が明確になり、相手企業との調整もスムーズに進みます。曖昧な目的のまま交渉を進めてしまうと、途中で不必要な変更を求めることになり、信頼関係の崩壊や破談につながるリスクが高まります。
M&Aの成功のためには、企業が何を達成したいのかを明確にし、それを基にした一貫した交渉を進めることが不可欠です。
秘密保持と情報管理を徹底する
M&Aプロセスにおいて、情報漏洩は破談に直結するリスクを持つ要因の一つです。取引が外部に漏れた場合、取引先や従業員に不安を与えるだけでなく、買い手や売り手双方にとっての信頼が失われる結果となります。そのため、秘密保持と情報管理はM&Aの成功における重要なポイントです。
秘密保持契約(NDA)の締結は、M&A交渉において初期段階から行うべきです。これにより、外部に対して情報が漏れることを防ぐと同時に、M&Aプロセスに関与する担当者を必要最低限に絞ることができます。加えて、取引に関する情報を厳格に管理し、社内外への情報共有は慎重に行うべきです。特に、経営者や関係者が情報を漏らすリスクに注意を払い、交渉が完了するまでは徹底的な情報管理が求められます。
デューデリジェンスをしっかり行う
デューデリジェンス(DD)は、買い手企業が譲渡企業を調査し、企業価値や潜在的リスクを把握するために行われる重要なプロセスです。この段階での不備や誤りがM&A破談の原因となるため、しっかりとデューデリジェンスを行うことが破談を防ぐ要素となります。
デューデリジェンスでは、財務や法務、税務などあらゆる面での正確な調査が必要です。特に、隠れた債務や未払い費用、コンプライアンス違反が発覚した場合、買い手企業の信頼を失い、交渉が一気に進展しなくなることがあります。そのため、売り手企業は早期の段階で、全ての情報を正確に開示し、誠実に対応することが求められます。
また、買い手側もデューデリジェンスに時間やコストを惜しまずに投資し、リスクを正確に評価することが重要です。専門家の協力を得ながら、デューデリジェンスを綿密に進めることで、破談のリスクを最小限に抑えられます。
株主や関係者の同意を得ておく
M&Aが破談に至る原因の一つに、株主や経営陣などの関係者の意見が一致しないことがあります。特に、売り手企業側で株式が分散している場合、M&Aに反対する株主が現れることで交渉が滞る可能性があります。このような状況を防ぐためには、事前に株主や経営陣との十分な合意形成を図ることが重要です。
また、経営陣や主要株主がM&Aの方針に賛成していても、従業員や取引先の支持が得られなければ、M&A後に問題が発生する可能性があります。従業員や取引先に対する説明会を設け、不安を払拭するためのコミュニケーションを行うことで、破談やトラブルの発生を予防できます。
事前にしっかりと合意を得ることで、交渉が円滑に進み、M&Aの成功確率が高まります。
専門家に相談することの重要性
M&Aは企業の将来を大きく左右する取引であり、その過程において法務、税務、財務など複雑な要素が絡み合います。これらの要素を正確に把握し、リスクを最小限に抑えるためには、適切な専門家に相談することが重要です。以下では、M&A仲介会社や弁護士、税理士といった専門家の役割や選び方について解説します。
M&A仲介会社の役割と選び方
M&A仲介会社は、売り手企業と買い手企業の間に立ち、交渉や手続きをスムーズに進めるための調整役を果たします。具体的には、相手企業の選定、交渉のサポート、デューデリジェンスの進行、契約書作成の補助など、多岐にわたる業務を担当します。適切なM&A仲介会社を選ぶことで、破談や違約金リスクを最小限に抑えることができるのです。
M&Aは企業同士の結婚とも言われるほど、相手企業との相性が大事です。仲介会社は、その相性を見極め、理想的な相手企業を見つけるために、広範なネットワークと経験を活用します。優れた仲介会社は、譲渡側・譲受け側の企業の希望条件を的確に把握し、双方にとって最適な条件で合意できるように調整を行います。
仲介会社を選ぶ際は、以下の点に注目しましょう。
- 実績と専門性
M&Aの成功率が高く、業界特有の知識を持った仲介会社を選ぶことが重要です。成功事例や取引規模などの実績を確認しましょう。
- ネットワーク
多様な業界に精通し、信頼できるネットワークを持つ仲介会社は、より多くの選択肢を提供できます。
- 透明性
費用構造や取引の進行状況について透明性を持って対応する仲介会社を選ぶことで、安心して取引を進めることができます。
適切な仲介会社を選ぶことは、交渉や調整を円滑に進め、破談リスクを防ぐための大きな要素となります。仲介会社が不適切な場合、コミュニケーションの不足や誤解が生じ、最悪の場合には破談や違約金の発生につながることもあります。
弁護士・税理士などの専門家の活用
M&Aでは法務や税務に関する専門的な知識が求められるため、弁護士や税理士といった専門家の関与が不可欠です。これらの専門家は、契約の適法性やリスク管理、税務上の最適化を通じて、取引の安全性を確保し、潜在的なリスクを軽減します。
弁護士の役割
M&Aにおける弁護士の主な役割は、法的リスクの洗い出しと契約書の作成、交渉時の法的アドバイスです。契約の細かい条項が適切に整備されていないと、後にトラブルが発生する可能性があります。特に、表明保証条項や違約金に関する項目は、弁護士の助言を得ながら慎重に検討する必要があります。法的専門家のサポートがあることで、破談のリスクや予期しない違約金の発生を未然に防ぐことができるのです。
税理士の役割
税務に関してもM&Aでは非常に重要な要素です。税理士は、譲渡企業や譲受け企業の税務リスクを正確に把握し、適切な節税策を提案します。例えば、譲渡益に対する税金や、買収後の税務上の最適化など、細かな税務計画を立てることが求められます。税務上の問題が後で発覚すると、M&A全体が破談になったり、余計なコストを支払わなければならないリスクが生じます。
専門家を選ぶ際のポイント
専門家を選ぶ場合には、以下のポイントに注意しましょう。
- 経験と信頼性
M&Aに特化した経験を持つ弁護士や税理士を選ぶことで、的確な助言が得られます。過去の成功事例やクライアントからの評価を確認すると良いでしょう。
- コミュニケーション能力
M&Aは複雑なプロセスを伴うため、専門家との密なコミュニケーションが重要です。質問に対して分かりやすく説明し、対応が迅速であることが求められます。
- チームワーク
弁護士、税理士、仲介会社が連携してサポートすることで、スムーズな取引が進行します。専門家間のチームワークも重要な選定基準です。
M&Aにおいては、専門家の助言を受けることで、破談や違約金のリスクを未然に防ぎ、安心して取引を進めることができます。最適な専門家を選び、彼らの力を活用することが、M&Aの成功には不可欠です。
まとめ:違約金を避けて成功するM&Aを実現するために
M&Aのプロセスは複雑であり、破談や違約金リスクを完全に避けることは難しいですが、適切な対策を講じることで大きなリスクを回避することが可能です。契約違反や情報漏洩といった破談の要因は多岐にわたり、事前にこれらのリスクに備えておくことが肝要です。特に、独占交渉権違反やデューデリジェンスでの不備が原因で発生する違約金のリスクは、細心の注意が必要です。
成功するM&Aを実現するためには、目的を明確にし、適切な情報管理を徹底し、株主や関係者との合意を確実に得ることが重要です。また、弁護士や税理士、M&A仲介会社などの専門家を積極的に活用することで、リスクを最小限に抑えることができます。プロセスの各段階で専門家のアドバイスを受け、細部まで確認する姿勢がM&Aの成功につながるのです。