M&Aを成功させるためには、単に企業を買収したり合併したりするだけでは不十分です。重要なのは、どのような「スキーム」を選び、実行するかです。スキームとは、M&Aの具体的な手法や流れを指し、これを適切に選択することがM&Aの成否を大きく左右します。本記事では、M&Aスキームの基本概念から、その選択のポイントに至るまで、M&Aを成功に導くために必要な知識を解説します。
- この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)
M&Aスキームの基本概念
M&Aは、企業の合併や買収を通じて成長を図るための重要な手法です。しかし、これらのプロセスは単なる契約や交渉ではなく、非常に複雑な手順や計画が伴います。そのため、M&Aの成功には綿密な計画と戦略が不可欠であり、ここで重要となるのが「スキーム」です。
スキームの定義と意味
「スキーム(Scheme)」という言葉は、元々「計画」や「枠組み」を意味する英単語です。ギリシャ語を起源とし、計画的で組織だった枠組みを指す意味合いが強く、日常的な「プラン」とは異なるニュアンスを持ちます。M&Aの文脈においては、スキームとは、企業や事業を移転、統合、または再編成するために用いられる具体的な手法やプロセスを指します。
スキームは単にM&Aを進めるための手段としてではなく、経営方針、税務上の最適化、法的手続きの効率化など、複数の要素を考慮に入れて策定されるものです。つまり、スキームはM&Aの成功を左右する極めて重要な要素であり、計画そのものの成否を決定づけると言っても過言ではありません。
M&Aにおけるスキームの役割
M&Aにおけるスキームの役割は、多岐にわたります。まず第一に、スキームは企業や事業の移転・統合を実現するための具体的な枠組みを提供します。たとえば、合併、買収、会社分割、株式交換、事業譲渡など、各手法には独自のプロセスや法的要件があり、それらを適切に組み合わせることで、M&Aがスムーズに進行します。
さらに、スキームはM&Aの目的達成にも大きく関与します。例えば、コストの削減、事業の拡大、シナジー効果の最大化など、M&Aには様々な目標が設定されますが、それらを実現するためには、最適なスキームを選択することが不可欠です。適切なスキームが選ばれることで、企業の価値を最大限に引き出し、M&Aの成功確率を高めることができます。
また、スキームの役割にはリスクの管理も含まれます。M&Aは複雑であり、多くのリスクを伴うプロセスです。しかし、適切に設計されたスキームは、これらのリスクを最小限に抑えることができるのです。たとえば、法的リスクや税務リスク、従業員や取引先への影響を最小化するための手段としてスキームが重要な役割を果たします。
スキーム選択の重要性
M&Aにおけるスキーム選択は、その成否を大きく左右する重要な決定事項です。スキームを誤って選択すると、M&Aのプロセスがスムーズに進まなかったり、期待していたシナジー効果が得られなかったりする可能性があります。最悪の場合、M&Aが失敗に終わることもあり得ます。
例えば、買収を行う際に、株式譲渡か事業譲渡かの選択は、買手企業と売手企業双方の戦略、経営方針、財務状況に大きく影響を与えます。株式譲渡では、売手企業のすべての資産と負債を引き継ぐことになるため、買手企業にとって大きな負担となる場合があります。一方、事業譲渡では、必要な資産と負債のみを選択的に引き継ぐことができるため、負担を軽減することが可能です。しかし、手続きが複雑になるため、慎重な判断が求められます。
また、税務上の観点からも、スキーム選択は重要です。各スキームには異なる税務処理が求められるため、適切なスキームを選ばなければ、予想外の税負担が発生することもあります。そのため、税理士や法務専門家と連携し、最適なスキームを策定することが求められます。
結論として、M&Aの成功には、スキーム選択が不可欠であり、適切なスキームを選ぶことができれば、M&Aのリスクを低減し、目標達成の可能性を大いに高めることができるのです。
代表的なM&Aスキームの種類と特徴
M&A(Mergers and Acquisitions)を成功させるためには、目的や状況に応じた最適なスキームを選択することが重要です。スキームとは、M&Aを実施する際の具体的な手法や計画のことを指し、各スキームにはそれぞれの特徴や利点、リスクがあります。以下では、代表的なM&Aスキームの種類とその特徴について解説します。
合併(Merger)
まずは、合併スキームについて解説していきます。
合併の基本概念と種類
合併とは、複数の企業が統合して一つの新しい企業を形成するプロセスを指します。合併には、企業が持つ資産、負債、権利義務などのすべてが包括的に引き継がれるという特徴があります。合併には大きく分けて二つの種類があります。それが「吸収合併」と「新設合併」です。
吸収合併は、既存の企業が他の企業を吸収する形で合併を行う手法です。この場合、吸収された側の企業(消滅会社)は解散し、その全ての権利義務は吸収する側の企業(存続会社)に引き継がれます。対して、新設合併は、複数の企業がそれぞれ解散し、これらの企業の権利義務を引き継いだ新しい企業を設立する手法です。
吸収合併 vs 新設合併の違いと選択ポイント
吸収合併と新設合併は、そのプロセスや結果において大きく異なります。吸収合併では、存続会社がそのまま残るため、手続きが比較的シンプルであり、コストや時間を抑えられることが多いです。特に、日本においては吸収合併が主流であり、税務上のメリットも享受しやすい点がその理由の一つです。吸収合併では、消滅会社が持っていた許認可や免許を維持できるというメリットもあります。
一方、新設合併は、すべての企業が一度解散し、新たに会社を設立するため、手続きが複雑であり、費用もかさみます。しかし、新設合併には、異なる企業文化や事業領域を統合し、新たなシナジー効果を狙うといった大きなメリットがあります。また、すべての企業が対等な立場で統合するため、企業文化の統合がスムーズに進む場合もあります。
合併スキームのメリット・デメリット
合併スキームのメリットには、企業の再編を通じて経営効率を向上させることが挙げられます。特に吸収合併では、存続会社が消滅会社の権利義務を包括的に引き継ぐため、手続きの簡素化が図れます。また、複数の企業が統合することで、相互の強みを活かし、シナジー効果を生み出すことが期待されます。
一方で、合併にはデメリットも存在します。特に、企業文化や経営方針が異なる企業同士の統合には、従業員や取引先に大きな負担がかかる可能性があります。また、吸収合併の場合、反対する株主がいる場合には、株主の買い取り請求に応じる必要があるため、予想外のコストが発生することも考えられます。さらに、消滅会社の簿外債務を引き継ぐリスクがある点も、合併を選択する際には注意が必要です。
買収(Acquisition)
次に、買収スキームについて解説していきましょう。
買収とは?株式譲渡と事業譲渡の違い
買収とは、企業が他の企業の支配権を取得する手法を指します。買収は主に「株式譲渡」と「事業譲渡」の二つの形態に分かれますが、それぞれに異なる特徴があります。
株式譲渡は、買収側企業が売却側企業の株式を取得することで支配権を得る手法です。株式譲渡は、売却企業のすべての資産と負債を包括的に引き継ぐことが特徴であり、企業のオーナーシップを一括して移転する際に有効な手段です。一般に、株式譲渡は中小企業のM&Aにおいて最もポピュラーな手法であり、手続きも比較的シンプルです。
一方、事業譲渡は、売却企業の特定の事業や資産のみを買収側企業が取得する手法です。事業譲渡では、株式譲渡とは異なり、買収する資産や負債を選択的に引き継ぐことが可能です。このため、必要な部分だけを取得し、不要な負債を避けることができるという利点がありますが、手続きが複雑であり、譲渡対象の事業や資産ごとに個別の契約が必要になる場合もあります。
株式譲渡スキームの詳細と特徴
株式譲渡スキームでは、買収側企業が売却側企業の株主から株式を取得することで、経営権を手に入れます。このスキームは、企業全体を一括して引き継ぐことができるため、売却企業が持つすべての資産、負債、契約、従業員などが一度に移転します。そのため、株式譲渡はM&Aの手法の中でも最もシンプルであり、特に中小企業において頻繁に用いられます。
株式譲渡スキームの最大の特徴は、その手続きの簡便さです。取締役会の承認で実行可能であり、通常、株主総会の特別決議が必要ありません。また、株主構成を大きく変えることができるため、経営権を迅速に取得することができます。しかし、株式譲渡に伴い、売却企業の負債や簿外債務もすべて引き継ぐことになるため、買収側企業にとってはリスクが伴うこともあります。
事業譲渡スキームの詳細と特徴
事業譲渡スキームでは、売却企業の特定の事業のみが買収側企業に譲渡されます。これは、株式譲渡とは異なり、企業全体を引き継ぐのではなく、必要な資産や負債を選択的に引き継ぐことができる点が特徴です。例えば、ある事業部門だけを譲渡する場合や、特定の資産のみを取得する場合に、このスキームが適用されます。
事業譲渡スキームの利点は、買収側企業が必要な部分だけを取得できることにあります。これにより、不要な負債を引き継ぐリスクを避けることができ、買収資金を抑えることも可能です。しかし、このスキームには、手続きの複雑さが伴います。各事業や資産ごとに個別の契約を結ぶ必要があり、譲渡対象の事業や資産について従業員や取引先との個別の交渉が必要になることもあります。
買収スキームのメリット・デメリット
買収スキームには、それぞれにメリットとデメリットが存在します。株式譲渡のメリットは、手続きがシンプルであり、企業全体を一括して引き継ぐことができる点です。また、経営権の迅速な取得が可能であり、買収側企業にとっては、スムーズに事業を展開することができます。しかし、株式譲渡には、不要な負債や簿外債務もすべて引き継ぐリスクがあるため、慎重な調査と評価が求められます。
一方、事業譲渡スキームのメリットは、必要な資産や負債のみを選択的に引き継ぐことができる点です。これにより、買収資金を抑えることができ、不要なリスクを回避することが可能です。しかし、事業譲渡スキームは手続きが複雑であり、時間と労力がかかることがデメリットとなります。また、譲渡対象の事業や資産に関して、従業員や取引先との個別の交渉が必要であり、これがM&Aの進行に影響を与えることもあります。
会社分割(Company Split)
さらに、会社分割について解説していきましょう。
会社分割の基本概念
会社分割とは、既存の会社がその事業や資産を複数の法人に分割し、特定の事業や資産を別の法人へ移転する手法を指します。会社分割は、事業再編やグループ企業の構造改革などで頻繁に用いられ、企業の効率化や戦略的な再編成を目的としています。
会社分割には大きく分けて二つの種類があります。「吸収分割」と「新設分割」です。吸収分割では、既存の会社(分割会社)の一部または全部の事業を他の既存会社(承継会社)に承継させます。一方、新設分割では、分割会社がその事業を新たに設立する会社に承継させる手法です。いずれの方法も、分割される事業の権利義務を包括的に移転するため、M&Aの一形態として重要な役割を果たします。
吸収分割 vs 新設分割の違いと特徴
吸収分割と新設分割は、分割後の事業の承継先が異なる点で区別されます。吸収分割では、分割会社が存続し、その一部または全部の事業を既存の他の会社に承継させます。この方法は、特定の事業をすでに存在する他の会社に統合したい場合や、グループ内での事業再編を迅速に進めたい場合に適しています。
新設分割は、分割会社が新たに設立する会社に事業を承継させる手法です。この方法は、既存の事業を新しい法人格のもとで展開したい場合や、事業の成長戦略の一環として新たな会社を設立したい場合に有効です。新設分割は、分割される事業が独立した経営単位として新しいスタートを切ることができるため、独自の戦略を展開しやすい点が特徴です。
会社分割スキームのメリット・デメリット
会社分割スキームには、複数のメリットがあります。まず、吸収分割においては、既存の会社が事業を承継するため、従業員や取引先に対する手続きが比較的簡素であり、スムーズに進行します。また、既存の会社の経営資源を活用できるため、新たな設備投資が不要である点もメリットと言えます。
一方、新設分割では、新たに設立された会社が事業を引き継ぐため、経営の自由度が高くなり、独自の戦略を展開しやすい点がメリットです。また、新設会社が新たな法人格を持つため、ブランドの再構築や市場における新しいポジショニングを模索することができます。
しかし、会社分割にはデメリットも存在します。吸収分割においては、分割会社の負債やリスクも承継されるため、慎重な検討が必要です。また、新設分割では、新会社の設立手続きが複雑であり、税務上の対応が煩雑になることがあるため、専門家の助言を受けることが推奨されます。さらに、分割された事業が新しい経営環境に適応できない場合、期待されたシナジー効果が得られないリスクもあります。
株式交換と株式移転
さらに、株式交換と株式移転について解説していきましょう。
株式交換とは?その仕組みと特徴
株式交換とは、買収側企業が売却側企業の発行済株式のすべてを取得し、売却側企業の株主に対して自社の株式を交付することで、100%の親子関係を形成する手法です。このスキームを用いることで、買収側企業は売却側企業を完全子会社化し、経営の統合を図ることができます。株式交換は、特にグループ企業の再編や、複数企業の連携強化を目的としたM&Aにおいて活用されることが多いです。
株式交換の特徴としては、資金を伴わない取引であることが挙げられます。金銭ではなく株式を対価として取引が行われるため、資金調達が難しい企業でもM&Aを実施できるメリットがあります。また、株式を用いることで、取引の透明性が保たれ、企業間の信頼関係が築かれやすい点も特徴です。
株式移転とは?その仕組みと特徴
株式移転とは、既存企業がその発行済株式のすべてを新たに設立する会社に移転させることで、事業の継承や企業統合を行う手法です。株式移転によって設立された新しい会社は「完全親会社」となり、既存企業はその子会社となります。このスキームは、経営統合やホールディングカンパニーの設立を目的として行われることが多く、複数の企業を統合してグループ経営を強化する際に用いられます。
株式移転の特徴は、完全親会社が新たに設立される点です。これにより、子会社の独立性を保ちながらも、親会社がグループ全体を統括し、経営の効率化を図ることができます。また、親会社が複数の子会社を統合することで、グループ全体のシナジー効果を最大化することが可能です。ただし、新設される親会社が市場から不安視されると、株価の下落リスクがあるため、事前の準備と説明が重要となります。
株式交換と株式移転のメリット・デメリット
株式交換のメリットには、資金を必要とせずにM&Aを実施できる点が挙げられます。また、買収側企業が100%の支配権を持つため、経営の一体化が図りやすく、グループ全体の戦略を統一することができます。しかし、株式交換に伴い、親会社の株価が下落するリスクや、少数株主の不満が生じる可能性があり、株主の反対や買い取り請求への対応が必要となることがデメリットです。
株式移転のメリットは、子会社の独立性を維持しつつ、親会社が統括することで経営の効率化を図ることができる点です。また、親会社が新設されるため、グループ全体のブランドや経営戦略を一元化することが容易です。ただし、株式移転は手続きが複雑であり、新設される親会社に対する市場の反応が予測しづらいため、慎重な対応が求められます。
新株引受(第三者割当増資)
最後に、株式引受について解説します。
新株引受とは?その基本概念と手法
新株引受、特に第三者割当増資とは、企業が資金調達を目的として新株を発行し、その株式を特定の第三者に割り当てる手法を指します。この手法は、企業が新たな事業展開や成長戦略を進めるための資金を調達する際に用いられます。第三者割当増資では、取引先や金融機関、さらには自社の役員・従業員など、特定の関係者に新株が割り当てられるため、企業間の関係強化や経営資源の集中が図られることが多いです。
第三者割当増資スキームのメリット・デメリット
第三者割当増資の最大のメリットは、資金調達を通じて企業の成長や事業拡大を支援できる点です。さらに、特定の第三者に新株を割り当てることで、企業間の連携を強化し、長期的なパートナーシップを築くことが可能となります。また、増資により資本が
増強されることで、企業の信用力が向上し、さらなる事業展開の基盤が整います。
一方、デメリットとしては、既存の株主にとって持株比率の希薄化が生じるリスクがあります。新株発行により、既存株主の権利や影響力が相対的に低下する可能性があるため、株主からの反発を招くこともあります。また、発行価格が市場価格よりも低い場合、株価の希薄化が懸念され、株主総会での承認が得られないリスクも存在します。したがって、第三者割当増資を実施する際には、透明性を保ち、既存株主の理解を得るための適切な対応が必要です。
M&Aスキームを選ぶ際のポイント
M&Aの成功には、適切なスキームの選択が欠かせません。各スキームには独自の特徴やリスクがあり、企業の目的や状況に応じて最適な手法を選ぶことが求められます。ここでは、M&Aスキームを選ぶ際の主要なポイントについて解説します。
目的に応じたスキームの選択
まずは、目的に応じてM&Aスキームを適切に選択することが大切です。
経営の存続 vs 消滅:スキーム選びの基準
M&Aを実施する際にまず考慮すべきは、対象となる企業や事業の経営を存続させるか、消滅させるかという点です。この選択は、M&Aの目的や長期的なビジョンに大きく影響します。
経営の存続を重視する場合、事業譲渡や会社分割が有効なスキームとなります。これらのスキームでは、特定の事業や資産のみを移転するため、残された企業や事業は独立して存続し続けることが可能です。例えば、売り手企業が特定の事業のみを譲渡したい場合や、事業再編の一環として一部の事業を切り離したい場合には、経営の存続を図るためのスキーム選択が重要になります。
一方で、対象企業や事業の完全な消滅を前提とする場合は、合併や株式譲渡が適したスキームとなります。吸収合併では、売り手企業が買い手企業に完全に吸収され、消滅会社として法人格を失います。これにより、事業が一体化し、企業全体のシナジー効果を最大化することが可能です。同様に、株式譲渡によって経営権が買い手企業に移転した場合も、旧経営陣の影響は排除され、新たな経営体制のもとで事業が再スタートを切ることになります。
全部譲渡 vs 一部譲渡:どちらを選ぶべきか?
M&Aにおいて、全体を譲渡するか、一部を譲渡するかの選択も非常に重要です。この選択は、売り手企業が何を目的としてM&Aを進めるかによって大きく左右されます。
全部譲渡を選択する場合、株式譲渡や合併が適したスキームとなります。これらの手法では、企業全体が売却されるため、売り手企業の経営権は完全に買い手企業へ移行します。これは、後継者問題を抱える企業や、事業全体の継承を望む場合に有効です。また、売り手企業が経営資源をすべて手放し、別の分野で新たな挑戦をしたい場合にも、全部譲渡が最適です。
一方、一部譲渡を希望する場合は、事業譲渡や会社分割が有力なスキームとなります。これらの手法では、特定の事業や資産のみを譲渡することが可能であり、売り手企業は引き続き他の事業を運営することができます。例えば、採算性の低い事業を切り離し、より収益性の高い事業に集中したい場合や、特定の事業だけを継承者に引き継ぎたい場合には、一部譲渡のスキームが適しています。
財務面での考慮点
次に、M&Aスキームを選択する際に財務面で考慮すべき事項を解説します。
現金の必要性と調達手段
M&Aのスキームを選ぶ際には、財務面での考慮も欠かせません。特に、現金がどの程度必要か、その調達手段がどのようになるかは、スキーム選択に大きな影響を与えます。
現金が必要となるスキームとしては、事業譲渡や株式譲渡が挙げられます。これらの手法では、買い手企業が売り手企業に対して現金を支払い、その対価として事業や株式を取得します。現金が必要となるため、買い手企業は資金調達を行う必要があり、金融機関からの融資や社債の発行などが考えられます。また、現金が調達できるかどうかは、M&Aの実行可能性を左右するため、事前にしっかりとした資金計画を立てることが重要です。
一方で、株式を用いたスキームでは、現金の用意が不要な場合があります。例えば、株式交換や株式移転では、買い手企業が自社の株式を売り手企業の株主に交付することで、M&Aが成立します。この手法は、特に資金力に乏しい企業や、資本提携を通じて緊密な関係を築きたい場合に有効です。しかし、株式を用いる場合には、株価の変動リスクや既存株主の持株比率の希薄化など、財務面でのリスクも考慮する必要があります。
株式を用いたスキームのメリットとリスク
株式を用いたM&Aスキームには、特有の利点とリスクが存在します。株式を用いることで、現金の支払いを回避できるため、買い手企業の資金繰りに与える負担を軽減できます。また、株式を対価とすることで、売り手企業の株主が買い手企業の成長に参加できる機会を得るため、M&A後のシナジー効果を享受しやすくなります。
しかし、株式を用いたスキームには、リスクも伴います。まず、株価の変動リスクがあります。M&A実施時点での株価が大きく変動すると、取引条件に影響を与え、予期せぬ負担が発生する可能性があります。また、株式の希薄化によって既存株主の権利が損なわれることがあり、これに対する反発が発生することも考えられます。さらに、株式を用いたM&Aでは、売り手企業の株主が買い手企業の株主に加わるため、株主構成の変化が企業の経営に影響を及ぼすこともあります。
法務と税務の視点から見たスキーム選択
最後に、法務と税務の視点から見た場合、どのM&Aスキームを選択すべきか解説します。
スキームごとの法的手続きの違い
M&Aスキームの選択には、法務面での考慮も不可欠です。各スキームには、それぞれ異なる法的手続きが求められます。例えば、株式譲渡では、取締役会や株主総会の承認が必要となり、一定の手続きが規定されています。また、事業譲渡の場合、譲渡対象となる事業や資産ごとに個別の契約が必要であり、これに関連する法的手続きが複雑になることがあります。
さらに、合併や会社分割の場合は、法的手続きがさらに複雑化します。特に、合併では消滅会社のすべての権利義務が存続会社に承継されるため、株主や債権者の同意が求められる場合があります。また、会社分割では、分割対象となる事業や資産をどのように移転するかについて、法的な取り決めが必要です。これらの手続きを適切に実行するためには、法務専門家との協力が不可欠です。
税務上のメリット・デメリットの比較
税務面でも、M&Aスキームの選択は重要なポイントとなります。各スキームには、異なる税務処理が求められるため、適切なスキームを選ばなければ予期せぬ税負担が発生する可能性があります。
例えば、株式譲渡では、譲渡益に対して所得税や住民税が課税されます。特に、中小企業のオーナーが株式を譲渡する場合、譲渡益が大きい場合には高額な税負担が発生することがあります。一方、事業譲渡では、譲渡資産ごとに異なる税務処理が必要となり、法人税や消費税が発生する場合があります。
また、合併や会社分割では、譲渡益や資産移転に伴う税務処理が複雑化します。特に、合併の場合、法人税や登録免許税が発生する可能性があり、これに対する事前の対策が求められます。税務面での最適なスキームを選択するためには、税理士や会計士との連携が不可欠であり、M&Aの早い段階で税務上のリスクを評価することが重要です。
まとめ: スキームの選択がM&Aの鍵
M&Aにおけるスキームの選択は、単なる手続きの一環ではなく、成功を左右する重要な要素です。目的に応じたスキームを慎重に選ぶことで、企業はリスクを最小限に抑えつつ、最大のシナジー効果を得ることができます。M&Aを計画する際には、経営目標や財務状況、法務・税務の観点を総合的に考慮し、最適なスキームを選択することが、成功の鍵となるでしょう。