企業が競争力を維持し、持続的な成長を遂げるためには、経営資源の最適な配分と事業ポートフォリオの見直しが不可欠です。そのための手法の一つとして、カーブアウトが近年注目を集めています。カーブアウトは、企業が子会社や事業の一部を切り出し、新たに独立した会社として設立するM&A手法です。本記事では、カーブアウトのメリットや進め方、さらに成功事例を詳しく紹介し、企業がこの手法をどのように活用できるかを解説します。
- この記事を監修した人:福住優(M&A情報館 代表取締役)
カーブアウトとは?
カーブアウトとは、企業がその経営戦略の一環として、特定の事業部門や子会社を切り離し、新たに独立した会社として設立するM&A手法のことを指します。特に近年、日本でも大手企業がカーブアウトを活用して事業ポートフォリオの見直しを行うケースが増えています。カーブアウトは、事業の再編や資本の効率的な活用を目的としており、これにより企業全体の競争力を強化することができます。
カーブアウトの定義
カーブアウト(英語:Carve-out)は、直訳すると「切り出す」という意味があります。経営においては、企業が特定の子会社や事業の一部を切り出し、新しい会社として独立させることを指します。カーブアウトは、新規事業の成長を促進するための有力な手段として認識されています。親会社の資本を活用しつつ、外部の資本も導入することで、新しいビジネスモデルや技術の開発が迅速に進められるのが特徴です。また、親会社はこれにより、コア事業に専念し、経営資源を集中させることが可能となります。
カーブアウトは、従来の企業内部に埋もれていた有望な事業を外部に切り出すことで、より機動的かつ独立した形で成長させることができます。この手法は、特に大企業において、社内での資源配分が難しい場合や、新規事業が既存の組織文化に馴染まない場合に有効です。
カーブアウトと類似する手法との違い
カーブアウトと似た手法には、スピンオフやスピンアウトがあります。これらは一見似ているようですが、それぞれ異なる特徴を持っています。
スピンオフ
スピンオフとは、企業が特定の事業を切り出して新会社として独立させる際に、親会社との資本関係を維持する形態を指します。スピンオフでは、分割型新設分割や子会社株式の分配などの手法が用いられます。この方法により、親会社は新会社に対して引き続き影響力を保持しつつ、新会社が独立した経営を行うことが可能です。スピンオフの利点は、親会社のブランド力やリソースを活用できる点にあります。ただし、親会社との資本関係が続くため、完全な独立性がなく、迅速な意思決定や自由な経営が難しくなる場合があります。
スピンアウト
一方、スピンアウトとは、企業が特定の事業を切り出して独立させる際に、親会社との資本関係を完全に解消する形態を指します。スピンアウトでは、専門性を有する技術者や経営陣が独立して新会社を設立するケースが多いです。スピンアウトの特徴は、親会社からの資金援助を受けず、完全に独立した形で事業を展開する点です。これにより、新会社は自由に経営戦略を立てることができ、親会社の影響を受けずに成長を目指すことができます。しかし、親会社のブランド力やリソースを利用できないため、新会社は自力での成長を強いられます。
カーブアウトは、スピンオフやスピンアウトと異なり、親会社の資本を活用しつつ外部資本も導入できる柔軟性があります。このため、カーブアウトは、親会社の支援を受けながらも、独立した経営を行うことが求められる新会社にとって最適な選択肢となります。カーブアウトの成功には、親会社と新会社の間で明確な役割分担と効果的な協力体制が必要です。
カーブアウトのメリット
カーブアウトは、企業が経営資源を最適化し、事業ポートフォリオを見直すための重要な戦略手法です。この手法には、多くのメリットがあり、企業全体の競争力を高めることができます。以下では、カーブアウトの主なメリットについて詳しく説明します。
経営資源の集中と効率化
カーブアウトにより、親会社はコア事業に経営資源を集中させることができます。これにより、経営の効率化が図られ、企業全体の競争力が向上します。具体的には、ノンコア事業や不採算部門を切り離すことで、限られたリソースをより戦略的に配分することが可能になります。
例えば、製造業の大手企業が新たな技術開発に集中するために、従来の部門をカーブアウトするケースがあります。この場合、カーブアウトされた部門は独立して新しい市場機会を追求する一方、親会社はそのリソースを主力製品の開発や市場拡大に振り向けることができます。結果として、親会社は迅速な意思決定が可能となり、市場の変化に柔軟に対応できるようになります。
事業成長の促進
カーブアウトされた事業は、新しいオーナーや経営陣の下で独立して運営されるため、成長の機会が広がります。新しい経営陣は、既存の親会社の制約から解放され、独自のビジョンや戦略を持って事業を展開することができます。この自由度の高い経営環境は、イノベーションを促進し、事業の成長を加速させる要因となります。
例えば、大手IT企業がカーブアウトした子会社が、新しいオーナーの下で革新的なソフトウェア開発に専念し、市場で急成長を遂げた事例があります。このようなケースでは、カーブアウトにより事業の専門性が高まり、市場での競争力が一層強化されます。
外部資金の調達
カーブアウトにより設立された新会社は、外部からの資金調達が容易になります。独立した会社としての明確なビジョンや成長戦略を提示することで、投資家からの関心を引きやすくなります。外部資金の調達は、新会社の成長を大きく後押しする重要な要素です。
例えば、カーブアウトにより設立されたバイオテクノロジー企業が、外部のベンチャーキャピタルから資金を調達し、新薬の開発を加速させたケースがあります。このような資金調達により、新会社は親会社の資本だけでは実現できなかったプロジェクトを進めることができ、結果として市場での存在感を高めることができます。
外部資金の調達に加え、カーブアウトによって設立された新会社は、親会社からの支援を受けながらも独自の経営を行うため、リスク分散の効果もあります。これは、親会社にとってもメリットとなり、新会社の成長を見守りつつ、必要に応じて支援を行うことが可能です。
組織文化の刷新と意思決定の迅速化
カーブアウトは、組織文化の刷新と意思決定の迅速化にも寄与します。新会社は、親会社の組織文化や経営慣習から離れて、新たな組織文化を形成することができます。これにより、従業員のモチベーションが向上し、創造性や革新性が高まることが期待されます。
さらに、独立した組織として運営されることで、意思決定プロセスが短縮され、迅速かつ柔軟な対応が可能となります。これは、特に市場環境が急速に変化する業界において、競争優位を確保するために重要な要素です。
総じて、カーブアウトは親会社と新会社の双方にとって多くのメリットをもたらし、企業全体の成長と発展に寄与します。企業がカーブアウトを検討する際には、これらのメリットを十分に理解し、戦略的に活用することが重要です。
カーブアウトのデメリット
カーブアウトには多くのメリットがある一方で、実施にあたってはさまざまなデメリットや課題も存在します。これらのデメリットを事前に把握し、適切に対処することが、カーブアウトの成功には不可欠です。以下では、カーブアウトの主なデメリットについて詳しく説明します。
意思決定プロセスの煩雑化
カーブアウトを行うと、新会社には外部株主が関与することが一般的です。これは、外部資金の調達や経営リソースの拡充には有効ですが、同時に意思決定プロセスが煩雑化するリスクも伴います。新会社の経営陣は、外部株主の意見や要求に応える必要があり、その結果として迅速な意思決定が難しくなる場合があります。
特に、外部株主が複数存在する場合や、異なる経営方針を持つ株主がいる場合には、意思決定に時間がかかり、事業推進のスピードが低下する可能性があります。これは、市場環境が急速に変化する現代において、競争力を維持するための重大な課題となります。また、親会社と新会社の間での調整も必要となるため、内部のコミュニケーションが増え、さらにプロセスが複雑化することがあります。
従業員のモチベーション低下
カーブアウトに伴い、親会社から新会社に異動する従業員は、自身のキャリアプランに変更が生じることがあります。これにより、従業員のモチベーションが低下し、場合によっては離職リスクが高まる可能性があります。従業員にとって、慣れ親しんだ環境から新しい組織へ移ることは、大きなストレスとなることがあります。
特に、カーブアウトされた新会社がまだ不確定要素が多い段階では、従業員は将来の安定性や成長性に対して不安を感じることがあります。このような状況では、従業員のモチベーションを維持するために、適切なサポートやインセンティブを提供することが重要です。例えば、キャリアアップの機会を明示したり、成果に応じた報酬制度を導入するなどの施策が考えられます。
許認可の再申請
カーブアウトによって新会社が設立される際には、親会社から引き継ぐ事業の許認可を再取得する必要がある場合があります。特に、規制が厳しい業界や特定の許認可が必要な事業においては、この手続きが非常に煩雑で時間がかかることがあります。
例えば、建設業や医薬品業界などでは、事業を継続するために必要な許認可を新たに取得するための手続きが求められます。このプロセスには、関係当局への申請や審査が含まれ、場合によっては事業の開始が遅れるリスクがあります。また、許認可の取得が遅れると、取引先や顧客に対する信用にも影響を与える可能性があります。
さらに、カーブアウト後に許認可を取得するための要件が厳格である場合、新会社はこれを満たすために追加のコストやリソースを投入しなければならないことがあります。これにより、初期段階での事業運営が困難になることも考えられます。
スタンドアローン・イシュー
カーブアウトを実施する際には、対象事業が親会社から独立して単独で運営される場合に発生する問題、いわゆるスタンドアローン・イシューも考慮する必要があります。これは、親会社から切り離された後の新会社が、独立して事業を継続するために必要なリソースや機能を整備する必要があるという問題です。
例えば、ITシステム、バックオフィス機能(人事、総務、経理など)、ブランド・商標の使用権など、従来親会社から提供されていたサービスが失われることによる影響があります。これに対応するためには、新会社がこれらの機能を自前で整備するか、外部のサービスを利用する必要があります。
経営資源の再構築
カーブアウトにより、新会社は親会社から独立した経営資源を再構築する必要があります。これには、独自の組織文化や経営方針を確立することが含まれますが、これには時間と労力がかかることが多いです。また、新たに採用する人材や導入するシステムなど、初期投資が必要になる場合もあります。
これらのデメリットを踏まえ、カーブアウトを成功させるためには、事前の綿密な計画と準備が重要です。カーブアウトのプロジェクトを進める際には、親会社と新会社の双方が協力し、デメリットを最小限に抑えるための戦略を立てることが求められます。適切な対策を講じることで、カーブアウトのメリットを最大限に活かすことが可能となります。
カーブアウトの進め方
カーブアウトを成功させるためには、明確な計画と段階的なアプローチが必要です。以下に、カーブアウトを進めるための主要なステップを詳しく説明します。これらのステップを順守することで、企業はカーブアウトプロジェクトを効果的に実施し、期待される成果を達成することができます。
1. カーブアウトの方針決定
最初のステップは、カーブアウトの方針を決定することです。これは、事業ポートフォリオ戦略の整理から始まります。企業は、自社の全体戦略に基づいて、どの事業がコアであり、どの事業がノンコアであるかを明確にします。これにより、カーブアウトの対象となる事業や子会社を特定することができます。
カーブアウトの目的を明確にすることも重要です。これは、資本効率の向上、成長の加速、経営資源の最適化など、企業ごとに異なるかもしれません。具体的な目標を設定することで、カーブアウトプロジェクトの方向性が定まり、関係者全員が共通の理解を持つことができます。
2. スキームの選定
カーブアウトの実施方法として、いくつかのスキームがあります。主に「会社分割」と「事業譲渡」の2つが選択肢として挙げられます。
会社分割
会社分割は、既存の会社の一部を新設会社に移転する方法です。このスキームでは、対象事業の権利義務が包括的に新設会社に移転されるため、契約の巻き直しや許認可の再取得が比較的簡単に行えます。また、従業員も一括で引き継がれるため、スムーズに移行できます。
事業譲渡
事業譲渡は、特定の事業を別の会社に譲渡する方法です。このスキームでは、資産、負債、契約、従業員などを個別に整理して移転する必要があります。そのため、契約先や従業員の同意を個別に取得する必要があり、手続きが複雑になることがあります。しかし、不要な負債を引き継がないという利点があります。
3. 承継対象の整理
次に、カーブアウトの際に譲渡する資産、負債、契約、従業員などを整理します。これは、具体的な対象範囲を明確にし、承継手続きをスムーズに進めるために重要です。以下の要素を考慮します。
• 資産:土地、建物、設備、知的財産など
• 負債:借入金、未払金、リース契約など
• 契約:取引先との契約、供給契約、販売契約など
• 従業員:転籍または出向する従業員のリストおよびその処遇
これらの要素をリストアップし、詳細に検討することで、承継の際のトラブルを防ぐことができます。
4. 会計管理情報の調整
カーブアウトの実施にあたっては、対象事業の財務情報を整理し、カーブアウト財務諸表を作成する必要があります。カーブアウト財務諸表とは、対象事業が独立した場合の財務状況を示すもので、親会社の財務諸表とは別に作成されます。
このプロセスでは、対象事業の損益計算書や貸借対照表を分離し、独立企業としての収益性や財務健全性を明確にします。また、親会社の本社費用や共通経費を適切に配賦し、独立した事業運営に必要なコスト構造を明示します。
5. 適時開示
上場企業の場合、カーブアウトに関する重要な情報を適時に開示することが求められます。これは、投資家やステークホルダーに対して、企業の重要な戦略的決定について透明性を確保するためです。
具体的には、カーブアウトの計画、対象事業の詳細、カーブアウトの目的や期待される効果などを公表します。また、カーブアウトの進捗状況や重要なマイルストーンも適時に報告することが重要です。適時開示を行うことで、投資家の信頼を維持し、企業価値の向上につなげることができます。
以上のステップを順守することで、企業はカーブアウトを効果的に実施し、事業ポートフォリオの最適化を図ることができます。カーブアウトは、企業の成長戦略の一環として重要な役割を果たし、持続可能な経営を支える手法です。
カーブアウトの成功事例
カーブアウトは、企業が経営資源を再配分し、事業ポートフォリオを最適化するための強力な手法です。ここでは、カーブアウトを成功させた具体的な企業事例をいくつか紹介します。これらの事例は、カーブアウトが企業の成長と競争力強化にどのように寄与するかを示す良い例です。
日立製作所のカーブアウト事例
日立製作所は、2009年以降、戦略的な事業構造改革を進める中で、複数のカーブアウトを成功させました。特に注目すべきは、日立マクセル(現マクセル)、クラリオン、日立化成(現レゾナック)、日立建機、日立物流(現ロジスティード)、日立金属(現プロテリアル)などの上場子会社の連続売却です。
日立製作所は、これらのカーブアウトを通じて、コア事業であるデジタルソリューション分野に経営資源を集中させました。その結果、2009年度にはコア事業による売上が全体の53%を占めていましたが、2022年度には94%にまで引き上げられました。このように、カーブアウトによって経営資源を最適化し、企業全体の収益性と競争力を大幅に向上させました。
また、日立製作所は、カーブアウトを実施する一方で、スイスABBのパワーグリッド事業や米IT企業のグローバルロジックなどの大型買収も行い、グローバルな競争力を強化しました。このように、戦略的なカーブアウトと買収を組み合わせることで、企業の成長を加速させました。
オリンパスの科学事業のカーブアウト
オリンパスは、2023年に科学事業部門を米ベインキャピタルに売却する形でカーブアウトを実施しました。この科学事業部門には、工業用顕微鏡などの製品が含まれており、長年にわたりオリンパスの重要な事業の一つとして運営されてきました。しかし、オリンパスは医療機器分野への集中を図るため、このカーブアウトを決断しました。
このカーブアウトにより、オリンパスは注力領域である内視鏡や治療機器の分野にリソースを集中させることができました。また、科学事業部門は新しいオーナーの下で、より専門的かつ効率的な運営が可能となり、成長の機会を広げることができました。この事例は、戦略的なカーブアウトが企業のポートフォリオ最適化と成長にどのように寄与するかを示しています。
サノヤスHDの造船事業のカーブアウト
サノヤスホールディングスは、2021年に子会社のサノヤス造船を新来島どっくに売却する形でカーブアウトを実施しました。サノヤス造船は、長年にわたりサノヤスHDの中核事業として運営されてきましたが、中国や韓国の競争激化やコロナ禍による海運不況の影響で経営環境が厳しくなっていました。
このカーブアウトにより、サノヤスHDは経営資源を他の事業に集中させ、全体の経営効率を向上させることができました。一方、新来島サノヤス造船は、より集中した経営戦略の下で、再建と成長を図ることが可能となりました。カーブアウト後、新来島サノヤス造船は黒字に転換し、サノヤスHDも業績が改善しました。この事例は、カーブアウトが企業にとってどれほど有益であるかを示す好例です。
これらの事例は、カーブアウトが企業の成長戦略として有効であることを示しています。戦略的なカーブアウトは、企業が経営資源を最適に配分し、競争力を強化するための強力な手段となります。カーブアウトの成功には、明確な戦略と計画、そして内部および外部のステークホルダーとの緊密な協力が不可欠です。
まとめ: カーブアウトを成功させるためには明確な戦略と綿密な計画がカギ
カーブアウトは、企業が経営資源を効率的に配分し、事業ポートフォリオを最適化するための強力な手法です。しかし、その成功には明確な戦略と綿密な計画が不可欠です。カーブアウトのメリットとしては、経営資源の集中と効率化、事業成長の促進、外部資金の調達などが挙げられます。一方で、意思決定プロセスの煩雑化や従業員のモチベーション低下、許認可の再申請といったデメリットも存在します。
成功事例として紹介した日立製作所、オリンパス、サノヤスHDのケーススタディから学べるように、カーブアウトは企業の成長と競争力強化に大いに貢献します。しかし、それを実現するためには、経営陣のリーダーシップと内部および外部のステークホルダーとの協力が欠かせません。これらの要素をしっかりと押さえることで、カーブアウトは企業の持続可能な成長を支える有効な戦略となるでしょう。